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「イチ、ドアを開けるのだ」
「はい」
わたくしは何事もなかったかのように、ドアを開けた。ジョエルに心配をかけたくなかったからだ。
「どうした?顔色が悪いぞ」
「戦国の世に残した姫のことを考えておりました」
「そうか」
ジョエルはわたくしを抱き締め、気持ちを落ち着かせるように背中を撫でる。
「十一月、民の暴動が起きる。少し早いがお父様に話すつもりだ。この城からみんなを逃がす。その方がイチも安全だから」
「……はい。されどジョエルが一緒に行かなければ、きっと怪しまれます。どうか一緒に旅立って下さい」
「みんなと一緒に?俺は行かないよ。俺はイチと二人だけで別の地に向かう。馬車に乗り、誰も知らない地で暮らそう」
「……ジョエル」
ジョエルはわたくしを抱き締め口吻をし、そのままベッドに崩れ落ちる。
この地でどんなに辛いことがあったとしても、ジョエルと一緒ならば乗り越えて行けると信じていた。
「ジョエル、今宵も月が綺麗でございますね」
「イチの方が、数倍綺麗だよ」
「わたくしは……ジョエルのことを忘れ、他の殿方の元に嫁いだ身……。心も体もジョエルに背きました」
「イチは運命に逆らわず生きたまで。記憶をなくしていたんだ。それは仕方がない。イチへの想いは、何も変わらない」
「ジョエルはわたくしを咎めないのですか」
「俺がイチを咎める?咎めたりはしないよ。記憶をなくしたイチは、また俺を愛してくれた。俺は二度イチに愛された。それだけで十分だ」
「ジョエル……」
ジョエルはわたくしの唇を塞いだ。ジョエルの指が体をなぞる。
長き時を超え……
再び……愛しい人と心も体も結ばれた。
「もう離さないよ」
ジョエルの言葉が、わたくしの身も心も溶かす。
太陽などこの世から消え去り、ずっと月の夜ならばいいのにと、心底思った。
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