179

「美しき姫君に、目を奪われてしまいました。ジョエルの婚約者でなければ、この俺が拐ってしまいたいくらいだ」


 ブラムはわたくしに顔を近付けた。わたくしは思わず首を竦める。


「怖がらなくていい。俺は同族、ヴァンパイアだ。人間ではない」


「……ヴァンパイア」


 ブラムはわたくしの匂いを嗅ぎ、クンクンと鼻を鳴らす。その口からは鋭い牙が見えた。


「人間の匂いがする。人間を吸血したのか?」


「……は、はい」


「そうか、人間の血はうまいからな。永遠の命を手に入れ、人間では味わえぬ快楽も手に入れ、ヴァンパイアも悪くはないだろう?」


「……は、はい」


「しかし……なんと馨しいよい匂いだ。人間の生き血の匂い」


「これは、ブラム。どうしてここに」


 ジョエルの声に、わたくしは安堵する。ジョエルの血色はよく、元気を取り戻していた。


「ジョエルが東ローマ帝国ギリシャに渡ることを取り止めたほどの、美しき異国の姫君を見に来たのだ。本当に美しい。生き血の匂いがプンプンする。吸い付きたくなるくらいの美女だな」


「ブラム!」


 ブラムは両手を上げ、降参と言わんばかりに苦笑した。


「ジョエルの婚約者を、横取りしたりはしないよ。伯父様や伯母様はもうご帰宅かな?」


「今戻ったところだ」


「ではご挨拶するとしよう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る