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 ――北ノ庄城


「お市の方様、よくおいで下さいました」


 柴田勝家はわたくしにこうべを垂れた。多感な姫たちは勝家を父と認めることは出来ず、とくに茶々は丈への想いが強く、ぎくしゃくとした毎日を過ごす。


 同行した数人の侍女の中には、お花の姿もあった。


 勝家を父とは認めぬ姫達を、わたくしは叱咤する。勝家の実直な人柄に姫達の頑な気持ちが次第にほだされていく。


 その頃、勝家と秀吉の対立は激しくなった。


 秀吉が山崎に宝寺城を築城し、織田の諸大名と連結を強め、柴田勝家を脅かし始めた。


 “十二月、秀吉は信孝打倒を企て兵を挙げた。大軍を率いた秀吉は長浜城を獲得し、美濃に侵攻。兵力を増強し、加治木城を攻撃した。”


「お市の方様、信孝殿は三法師を羽柴殿に引き渡し、坂氏と娘を人質として差し出し和議を結んだそうでございます」


「お花、それはまことか」


「はい、羽柴殿の勢いはとどまるどころか増すばかり」


 わたくしは秀吉の脅威に一抹の不安を感じていた。


 ――天正十一年。

 丈の姿も、丈の声も聞くことはなく、行方はしれぬまま、月日は経った。


 その間にも秀吉と勝家の対立は激しくなり、“秀吉は北伊勢に侵攻、別動隊が長島城や中井城に向かったがどちらも敗退。だが伊勢の戦いでは優勢であった。”


「殿、羽柴秀吉に屈してはなりませぬ」


「お市、わしも出陣することにあいなった」


「どうか、ご無事で」


 “勝家は大軍を率いて出陣。当初は優勢であったが、秀吉の反撃にあい、さらに前田利家の裏切りにより、柴田軍は大敗し、勝家は越前北ノ庄城に撤退した。

 城は秀吉の軍勢に取り囲まれる。”


「お市、そなたは生きるのだ。姫と共に生き延びるのだ」


 わたくしは勝家殿を、真っ直ぐ見据えた。


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