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「イチ……その紅き唇を俺に差し出せ」


 紅き……唇を……

 俺に差し出せ……?


 丈はわたくしの唇を奪った。舌を絡ませ激しくなる口吻に、何度も意識を手放しそうになる。


 丈は嫁ぐわたくしの体に、己を刻み付けるように体を重ねた。


 丈が動くたびに、吐息が漏れ涙が溢れる。


「イチ……」


 愛しき殿方は、丈だけじゃ。

 されど許されぬ恋。


 もう二度と丈に抱かれることはないだろう……。


 これが……

 永遠の別れになるやもしれぬ。


「……じょう」


 深き闇の中に堕ちるように。

 わたくしの身は、丈の腕の中で崩れ堕ちた……。



 ――翌朝、北ノ庄城の柴田勝家の元に嫁ぐ為に、三人の姫とともに準備を整える。


「お市の方様、首筋に赤き痣が。怪我でもされましたか?」


「怪我とな?」


 手鏡には首筋に赤き内出血。これは……昨夜丈がつけたもの。


「そういえば、以前にも似たような痣をこさえられましたな。ほれ、上様の城で転倒され意識を失われた時に、首筋に赤き痣がございました」


「あの時も……痣とな?」


「意識が戻らず、たいそう心配致しました。正直あの時はもうお命が危ないやもと、皆、思うておりました」

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