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「違いまする。本能寺には魔物がおりまする。胸騒ぎがするのです。断じて行ってはなりませぬ!」


「茶々よ、このわしに指図するのか?おなごが口を挟む問題ではない。下がれ、下がるのじゃ。蘭丸、行くぞ」


「はい」


 茶々は兄上に本能寺に行くなと、何度も詰め寄ったらしいが、茶々の話に耳を傾ける者は誰一人いなかった。


 ――五月二十九日、兄上は本能寺に逗留。


「丈、お願いがあります。本能寺に行っては下さらぬか。茶々は胸騒ぎがするのです。きっと謀反は起きまする……」


「茶々姫様……」


「わかりました。この丈が上様をお守り致します」


 茶々の胸騒ぎ。

 ただそれだけの理由で、丈に兄上を追って上洛するよう命ずる。


 わたくしは『本能寺』という言葉に、茶々同様不安を感じていた。


 どこかで……目にしたのじゃ。

『本能寺』という文言が含まれた書物を。どんな内容だったか思い出せぬが、不吉なことが書かれていた気がしてならぬ。


 ただひとつだけ言えることは、目にした書物には、兄上のことが記されていた……。


「丈よ、兄上をお頼み申します」


「お市の方様、行って参ります。この城にも吸血鬼が潜んでいるやもしれません。くれぐれもご用心下さい」


 丈はわたくしと茶々にこうべを垂れ、深夜馬を走らせた。

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