ジョエルside

154

 ――“六月二日、秀吉の援軍に向かったはずの明智軍が突然京都に進軍した。光秀は侵攻にあたり標的が信長であることを伏せ、本能寺を襲撃する。”


「敵は本能寺にあり!!」


 夜明け前、光秀の目が赤い光を放つ。光秀だけではない、本能寺を取り囲む兵士の目は異様な光を放っていた。


 “百人の手勢しか率いていなかった信長だが、自ら槍を手に明智軍と戦った。”だが、圧倒的多数には叶わず、負傷した信長は意を決したように本堂に戻る。


「蘭丸、さらばじゃ」


「上様……」


 蘭丸は最後まで信長の盾となり、血に餓えた赤き目をした明智軍と戦った。信長は居間に火を放ち、燃え盛る炎の中で刀を抜く。


『上様』


 信長は天井を見上げた。


「お前は……丈……」


「上様、明智軍が城を取り囲んでおりますが、自害などする必要はありません」


「なんと?」


 俺は天井から降り立ち、信長の前に立つ。


「わたくしが上様を安全な場所にご案内致します」


 本能寺はすでに炎に包まれ、柱はパチパチと音を鳴らし黒煙が上がる。蘭丸の手から逃れた赤き目をした兵士を俺は斬り棄てる。


「『明智光秀に上様のご遺体を汚されてはならぬ』とのお市の方様の命により、上様をお迎えに参りました。上様は本能寺にて自害。世間にはそう思わせ、人里離れた寺で僧侶として生き延びて下さい」


「お主を七年も牢獄に閉じ込めたわしを助けると?」


「はい。すでに火は本能寺を燃え尽くす勢いでございます。備蓄された火薬が爆発するまえに、早くこちらへ」


「わかった。一度は捨てた命、丈を信じるとしよう」


 俺は槍で天板を壊し、負傷した信長の体を支え天井に飛び移る。暗く長い天井裏を俺と信長は身を屈めて突き進む。


 信長の体からは赤い血が滴り落ち、時折苦痛に顔を歪めた。

 本能寺の屋根裏から、まだ火が移っていない蔵に降り立ち、待ち構えていた僧侶に信長を託す。


 血に染まった信長を見て、僧侶は驚愕した。


「上様これは……酷い傷。すぐに止血を……。これよりは名を変え身分も変え、ひっそりと暮らしていただくことになります。これは袈裟でございます。頭を丸め僧侶として我らとともにこの地を離れましょう」


 信長は僧侶の言葉に従い、傷の手当てを受け、頭を丸め身分を偽り、この地を離れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る