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 ――夜明け前……

 丈の腕の中に抱かれ目覚める。


 このぬくもり……

 初めて夜をともにしたのに、懐かしいと感じるのは何故だろう。


「お市の方様……」


「イチでよい。その方が気持ちが穏やかになれる」


「イチ……、もうすぐ夜が明ける。もう行かなければ。人に見られたら騒ぎになる」


「そうじゃな」


「イチ、また逢いに来るよ」


「はい」


「姿は見せなくとも、俺はいつもイチの傍にいる」


「はい。丈、兄上に忍びではなく家臣として城に上がれるように申し伝えます」


「それは断る」


 イチの申し出に、俺は即答する。


「何故です?家臣として、わたくしや茶々の側にいて欲しいのです。そうすれば……わたくしとのことも兄上が許して下さるやも……」


「わたくしは忍び。異人であるわたくしを、上様が家臣として認めるはずはございません」


「されど……」


「イチ……俺は幸せだよ。このままで十分幸せなのだ。イチと心も体も結ばれ、もうこれ以上望むことはない」


「丈……『俺』と申したのか?」


 夢の中の殿方も……

 自分のことを、『俺』と申していた。


「申し訳ございません。気になさらないで下さい」


「……わたくしの前で無理はせずともよいのじゃ。敬語など使わずともよい」


「ありがとうございます。イチ……また来るよ……」


 丈の大きな手のひらが頬を包み、優しい口吻を交わした。

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