市side

150

 丈が捕らわれ七年の時が経ち、わたくしは毎夜夢を見るようになった。


 異国の風景……

 美しき殿方……


 わたくしを抱き締める逞しき腕……。


 不埒な夢じゃ。


 でも……

 鼓膜を擽るその声は……

 丈の声ととてもよく似ていた。


 丈を牢から救いだし、丈と向かい合って座る。夢の話をすると、丈は優しい眼差しをわたくしに向けた。


 その青く澄んだ瞳に……

 魂までも吸い込まれそうになる。


 夢の中の殿方と……

 丈の姿が重なって見えた。


 ――『イチ……』


 わたくしの名を呼び……

 わたくしの唇を奪う殿方……。


 殿方とは思えぬほどの美しき指は……

 わたくしの黒髪を撫でる……。


 ――『イチ……ずっと傍にいろ』


 ――『イチ……』


 丈に抱きすくめられ、ずっと秘めていた想いが溢れ出す。


 丈が捕らわれ……

 わたくしはやっと気付いたのじゃ。


 長政殿に先立たれたわたくしや姫を、慈しみ愛してくれたのは、兄上でも秀吉でもない。丈なのだと……。


 丈の青き瞳を見ていると、なぜか涙が溢れた。胸が締め付けられる想いに、呼吸は乱れもはや平常心ではいられない。


 わたくしは……丈を……。

 心底、お慕いしている。


 言葉などもう必要はない。

 わたくしと丈は、灯籠の灯りに揺れながら互いを求め合った。


 失っていた長き時を……

 この一瞬で、埋め尽くすように。


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