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「……丈」


 俺は……

 ジョエルではない。


 この時代に生きる、忍び。


 身分を越え……

 時を越え……

 俺は再びイチを愛す。


 ――イチ……

 ジョエルを愛すのではなく、今の俺を心底愛して欲しい。


 ――イチ……

 平成の世で起こったことは、全て……夢だ。


「ずっとお市の方様のことだけを考え、牢獄で生き抜きました」


「丈……」


 イチは涙を浮かべ、俺に擦り寄った。


「わたくしは……そなたを想うあまり、あのような夢を見たのやもしれませぬ」


「お市の方様……」


「丈に……逢いとうて……あのような夢を……」


 イチの紅き唇……

 この戦国の世に落ちた時から、ずっと触れたかった唇……。


 イチの体を抱き締め、唇を近付ける。


「イチ……」


 唇を重ねると、イチの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


 俺の目にも涙が滲む。


 口吻を交わしながら、俺達は畳に倒れ込む。イチの着物の裾が乱れ、互いの着物の擦れ合う音がした。


 熱きくちびる……

 熱きくちづけ……


 熱きなみだ……

 熱きこころ……


 熱きゆびさき……

 熱きからだ……


 俺達は夢中で唇を重ね、求め合った。

 長き時が、俺達の心をひとつにした。


 イチの記憶の失われたパズルはまだ埋まってはいないが、イチがこの俺を再び愛してくれたことに胸が熱くなる。


 灯籠の灯りがゆらゆらと揺れ……

 熱き夜は、二人の体を小波さざなみのように揺らした。

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