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「燃え盛る炎の中で……誰かに名を呼ばれた気がするのじゃ……」


「名前を……?」


「わたくしを、イチと……」


 イチは俺を真っ直ぐ見つめた。

 その眼差しから、目を逸らすことが出来なかった。


「夢か現実か……確かめとうなって……。丈の無罪と釈放を兄上に訴えたのじゃ」


「夢か現実か……確かめる?」


「丈……そなたは誰なのじゃ。織田の忍びではなかろう?何処から来たのじゃ?何故吸血鬼とやらのことを、知っておるのじゃ?」


「それは……」


「胸が苦しくてならぬ。夢の中の殿方のことを思うと、胸が張り裂けるように痛むのじゃ」


「お市の方様……」


「以前……わたくしをイチと呼んだのは何故じゃ」


「申し訳ございません」


 イチの問い掛けに、思わず頭を垂れる。


 ――イチよ……

 苦しいのはお前だけではない。


 この俺も……

 胸を掻き斬られるほどに苦しいのだ。


「夢の中の殿方と……丈の声が似ておるのじゃ」


「偶然でございます」


「偶然……?」


「夢は夢、まことではございません」


「あれは……夢じゃと?」


「ただ……ひとつだけ言えることは、お市の方様にお仕えいたした頃から、わたくしはあなた様をお慕いしているということ……」


「このわたくしを……」


「この身が忍びでなく、武士であるならば、わたくしはお市の方様を……」


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