市side

143

 ――天正九年、兄信長の勢力は増し、秀吉もまたその勢いを強めた。


 丈が牢獄に捕らわれ、七年の歳月が流れた。兄上も秀吉も戦いに明け暮れ、丈のことはもはや記憶の片隅にもなかった。


「兄上、城の周辺では人斬りが絶えぬそうでございます。七年前茶々を襲ったくせ者も、人斬りも、丈ではなかったということになりましょう。もう丈を解放しては下さらぬか」


「丈とな?青き瞳をした異人か?さて、果たしてまだ生きておるものやら」


「兄上!地下牢に閉じこめていたことをすでにお忘れか!」


 兄上は不敵な笑みを浮かべた。


「そう声を荒げるでない。打ち首にしなかっただけよいと思え。それより市、そろそろ再婚してはどうだ?」


 再婚……!?

 三人の子を持つわたくしを、また戦いの駒にするというのか。


 兄上に利用されるのは、もう懲り懲りじゃ。


「わたくしは再婚などいたしませぬ。わたくしは生涯浅井長政の妻でございます」


「頑ななことよのう。わしは越中に侵攻する。丈はすでに鼠の餌になっておるのではないか?生きておるのなら、市の好きにするがよい。ただし再婚するが条件。丈と男女の情愛を通じてはならぬ。よいな」


「……丈は忍びでございます。そのようなことは断固あり得ませぬ」


「ならば好きにせよ」

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