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「まぁ待て。イチがわけのわからぬことを申してな。丈は、人の生き血を吸う吸血鬼という名の、物の怪退治をしておったというのだ。殺されたのは人間ではなく、物の怪だとな。よって人斬りではないとぬかす」
「お市の方様とこやつは、情を交わしております。お市の方様はこやつの命ごいをするためにそのような偽りを」
「なんと?市と丈が……通じておると?」
「この目で、抱き合う二人を見ましたゆえ、間違いはありませぬ」
「丈と市が……?なんと不埒な!丈よ、それはまことか!」
俺は両手首を縛られ宙吊りにされ、殴る蹴るの拷問により、口から滴り落ちる血が地面を赤く染めた。
「……滅相もございません。……わたくしが一方的に……お慕い申していただけ」
「市を慕っていたと?」
「殿、お手打ちになされませ!こともあろうに忍びの分際でお市の方様を慕うとは無礼極まりない!物の怪なぞこの世におりませぬ。殺されたは織田に仕える家臣。これは織田家に対する謀叛なり」
「秀吉、まぁ待て。茶々姫も泣いてわしに丈の命ごいをする。満更嘘とも思えぬ。暫く城下の様子を見るゆえ、このまま牢に閉じ込めておけ。市や茶々姫に二度と近付けぬようにな。生涯日の当たらぬ地下牢で、死よりも残酷な罰を与えるのだ。
丈よ、忍びの分際で市に想いを寄せるとは無礼千万。一生牢獄で過ごすがよい」
イチに対する嫉妬から、俺の打ち首を要求した秀吉だが、信長の
城の地下に位置する牢獄。
湿気とかび臭さが充満し、窓はなくむき出しの赤土の上に、足枷を付けられたまま俺は放り込まれた。
「一生、お前はここで生きるのだ。日も当たらぬ牢獄で、
俺にとってここは地獄ではない。激しい拷問から解放され、日の当たらぬ地下の牢獄は、最適な棲みかだった。
◇
――囚われの身となり、三年。
信長は“権大納言に任じられ右近衛大将を兼任する。信長の呼び名は『上様』となり将軍同等とみなされ、天正四年安土城の築城を開始する。”
俺の見張りは次第に手薄となり、牢番は深夜にはいなくなる。それを見計らい大蝙蝠へと姿を変え、餌となる獣を探し山の中をさ迷う。
時に鼠の姿で屋根裏に潜み、イチや茶々姫の安否の確認をし、城の外を彷徨く黒狼を、吸血鬼となった侍から奪った刀で斬り捨てた。
奪った刀は城の石垣に隠し、牢番が戻る早朝には牢獄に戻った。
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