140

「浅井長政を自害に追い込んだわしが憎いか?」


「はい、憎くてたまりませぬ」


 わたくしは兄上を睨みつける。


「ふはははっ、市は正直者だな。よい目をしておる。おなごにしておくには惜しいのう。天下の武将織田信長にそのような口をきけるのは、市だけだ。わしは浅井家を滅亡させた。だが、三人の姫は織田の血を引く大事な姫だ。このわしが殺めるはずはなかろう」


「兄上ならやりかねぬかと」


 兄上は声を上げて笑った。


「それより羽柴秀吉は茶々姫の命を狙ったくせ者に、目星がついておるようだな」


「目星?くせ者の正体がわかっておると申されるのか?」


「近い内に、わしにくせ者の首を差し出すそうだ」


「首を……」


「城の外でも人斬りが相次いでおる。このまま見逃すわけにはいかぬからな。市は安堵して清洲で過ごすがよい」


「……はい」


 人斬り……。

 もしかしたら、吸血鬼退治の為に丈が殺めているのやも……。


 だとしたら……

 羽柴秀吉に捕らえられれば、丈は打ち首に……。


 吸血鬼なる人の生き血を吸う魔物など、誰が信じよう。そのようなことを、兄上に申し上げても笑い飛ばされるだけじゃ。


 北近江での赤子の変死が、吸血鬼と因果関係があるとは、誰も信じるはずはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る