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「わたくしが茶々姫様の命を?滅相もございません」


「嘘を申すでない。この城に忍びは丈しかおらぬ!茶々の命を狙うとは、許せぬ!」


「わたくしを疑い、殺めるならどうぞ一思いに。お市の方様の手で命を絶てるなら本望でございます」


「本望じゃと!」


 ――『……イチ、殺るがいい。イチの手で殺されるなら、本望だ』


 鼓膜に甦る言葉……。


 その声に耳を澄まし、瞼をギュッと閉じる。


 ――『……イチ、殺るがいい』


 丈と同じ言葉を、誰かが……。


 ――『……イチの手で殺されるなら、本望だ』


 一体、誰が……。


 ――『……イチ』


 もう……やめて。


「お市の方様!」


 意識が混濁し気を失いかけた時、丈の逞しい腕に抱き止められ、瞼を開いた。


「なぜ……じゃ……」


 胸が苦しくなり……

 涙がこぼれ落ちた。


 自分でも、何故泣いているのかわからなかった。


「お市の方様……」


「なぜ……そのようなことを申すのじゃ」


「あなたの手で殺されるなら、本望でございます」


「やめるのじゃ……もう聞きとうない」


 わたくしは両手で耳を塞ぐ。わけのわからぬ感情に心が掻き乱され、胸が痛み涙が頬を伝った。


「イチ……」


 丈がわたくしを強く抱き締めた。


「離さぬか……」


「離したりはしない。俺は……イチを。いえ、お市の方様や茶々様をお守りするが役目。例え殿に命じられても、お市の方様や姫君に刀を向けることは致しませぬ。どうかこの丈を信じて下さい」

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