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 その人影は茶々姫に近付き、小刀を抜いた。茶々姫の喉元に刃先を向ける。


「……丈?きゃああー!」


 目を見開いた茶々姫は、叫び声を上げ気を失った。俺は天井の板を外し座敷に飛び降り、くせ者に刀を向ける。


「お前は誰だ!」


 くせ者は無言で俺に襲いかかったが、俺は瞬時に交わし奴の腕を斬りつけた。確かな手応えを感じ、再び刀を振り上げる。


 ドタドタと廊下を走る物音がし、くせ者は逃げ去った。俺は血のついた刀を鞘に収め、天井に飛びうつる。


 奴の腕からしたたり落ちた血が、畳を赤く染めた。


「茶々姫様ー!」


 茶々姫を真っ先に抱き上げたのは、羽柴秀吉。周囲に飛び散る血を茶々姫の血と勘違いし、ワナワナと狼狽えている。


「誰かおらぬか!くせ者を逃がすでないー!捕らえよ!捕らえて打ち首にするのだ!」


 秀吉の怒鳴り声に、家臣が刀を抜いたまま城の中を走り回る。


「……猿」


「茶々姫様ご無事で。お怪我はござらぬか?」


「猿、わらわに触るでない!」


「……っ、失礼つかまつりました。誰がこのようなことを。茶々姫様、くせ者の顔は見られましたか」


 畳を染める血に怯え、茶々姫は首を左右に振った。


 結局茶々姫を襲ったくせ者を、城の内外で捕らえることは出来なかった。


 秀吉は『浅井の血をひく姫君を亡き者にしようと、そのお命を狙っている者がいる』と信長に報告をし、手柄欲しさに犯人探しに躍起になった。



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