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「お市の方様、どうか城からお逃げ下さい。今ならまだ織田信長殿の元に戻れましょう」


「わたくしは戻らぬ。わたくしは浅井長政の妻、織田に屈したりはせぬ」


 小谷城は織田軍により包囲された。兄上は“家臣不破光治と羽柴秀吉を使者として送り降伏を勧めたが、長政はそれも受け入れなかった。”


「お市、わしに武士らしい最期を遂げさせてくれぬか」


「殿、わたくしも一緒に参ります」


「ならぬ。お市は三人の姫を守るのじゃ。浅井の血を絶やしてはならぬ。よいな」


「長政殿……嫌でございます。殿……」


「お市、おさらばじゃ」


「殿-!殿-!」


 長政を追うわたくしを、秀吉に封じられる。


「お市の方様、お迎えに上がりました。殿がお待ちです。さぁ、早くこちらへ」


 わたくしは羽柴秀吉に連れられ織田の陣営に帰還した。


 わたくしと姫の無事を見届けるかのように砲撃は止み、その後長政は父久政と共に自害した。


「長政殿……」


 燃え盛る炎……。

 城だけではなく、まるで火を放たれたように山も燃えている。山頂から無数の蝙蝠が飛び立ち、黒煙に巻き込まれ力尽きて燃え盛る炎の中へと落ちていく。


 ――『浅井長政自害……』

 突然、脳裏を過る文字。


 殿の死を……

 わたくしは書物で目にしたことがある……。


 そんなことはあり得ない。


 なぜじゃ……。

 なぜ……そのような……不吉なことが脳裏に……。


「お市の方様……」


「頭が……」


 ガンガンと鐘を突くような痛みに、わたくしは瞼を閉じる……。


 脳裏に浮かぶ奇妙な風景。

 沢山の書物が並ぶ棚……

 窓の外には無数の蝙蝠。


 書物を捲る手……

 わたくしの手……?


 違う……

 もっと大きな……手だ。


 ――『イチは悪い子だね』

 形のいい唇……、心を揺さぶる優しい声。


 あなたは……誰?


「市、浅井長政のことはもう忘れろ。よいな」


「……兄上」


 非現実的な世界から、辛い現実に引き戻され、涙するわたくしと幼き姫の前で、兄、信長はわたくしの夫である浅井長政を自害に追い込み、不敵な笑みを浮かべた。

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