市side

123

「また山火事でございます。物騒でございますな」


「山火事とな?」


「はい。お市の方様、ちまたでは辻斬りが相次ぎ、その犯人が火を放っているとの噂で持ちきりでございますよ。首を斬り落とすそうにございます。ほんに恐ろしい。辻斬りなど、はよう捕まえて欲しいものじゃ」


「辻斬り……」


 吸血鬼とやらの退治の為に、丈が行っているに違いない。


 吸血鬼……。

 その不気味な言葉は、遠い昔……何処かで聞いたことがある。


 ――吸血鬼退治……

 ――燃え盛る炎……


 頭が割れるように痛み、わたくしはその場で気を失った。


「お市、大丈夫か?」


 じょう……

 丈なのか……。


 瞼を開くと、私は布団に横になっていた。


「殿……わたくしは……」


「夕げのあと、倒れたのだ。御匙によると、おなご特有の血の病だそうだ。初を産んで日も浅い、無理をするでない。よいな」


「……はい」


 記憶を辿ろうとすると、必ず頭が痛み目眩に襲われ意識が途切れる。


 ――『イチ……』

 丈にそう呼ばれた気がした。


 ――『イチ……』

 鼓膜に響く、懐かしき呼び名。


 丈の腕に抱かれ……

 わたくしは……不埒なことを。


「お市、我らは織田徳川軍と戦うゆえ、茶々や初を連れて織田家に戻るがよい。今なら織田信長殿もお市や姫を受け入れてくれるだろう」


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