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 この城下に疫病。

 赤子しかかからない疫病。

 そんな奇病を流行らせることが、信長に出来るのだろうか。


 イチに調べると言ったものの、俺は日中は外に出ることはできない。


 夜しか動けない俺は、大蝙蝠や鼠に姿を変え武家屋敷に入り込む。


 深夜、武家屋敷には家臣の姿があった。


 男の傍らには奥方。奥方は着物の裾を乱し男に寄り添う。貪るように重なる唇。着物の帯はほどけ、男女の夜の営みに俺はその場を離れる。


 家臣は生きていたのか……。


 仲むつまじき夫婦、ひとりの男と女に過ぎない。戦いの末、奇跡的に命が助かり奥方の肉体に溺れるのも無理はない。


 大蝙蝠となり夜空を舞いながら、俺は獲物を探す。俺がこの世で生きていくためには新鮮な生き血が必要だ。


 山に入り空中を旋回し、獲物を見つけ急降下し仔狐を捉え、人間の姿となり仔狐の首に咬みつく。


 ――と、その時……

 得体の知れぬ殺気を感じた。


 闇の中から俺を見据える赤い目。何十もの目が俺を狙っている。地の底をも揺るがすような唸り声。


 獲物を狙う狼の声だ……。


 一頭だけではない。

 無数に蠢いている。

 黒狼に姿を変えてはいるが、俺と同じ血の匂い……。


 数匹の黒狼が一斉に俺に飛び掛かる。俺は大蝙蝠となり、命からがら夜空に飛び立つ。


 この戦国の地に……

 無数の吸血鬼の存在を目の当たりにし、俺は混乱していた。


 なぜだ。

 俺以外に、なぜ奴らがここにいる。奴らを襲ったヴァンパイアは一体……誰なんだ。


 ――小谷城に戻った俺は、イチの元へと急ぐ。イチの寝所へ行くと、そこには長政の姿があり、二人の仲睦まじい姿に俺は居たたまれなくなりその場を離れた。


 イチがこの時代で幸せなら、それでいい。


 だが、イチの幸せだけを望み、影となりイチの傍にいることが、どんな拷問よりも耐え難い時がある。


 長政がイチに触れるたびに、俺は刀を振りかざし長政に襲いかかりたくなる。


 イチ……

 俺達が愛し合ったことは、もはやイチの記憶の片隅にも存在しないのだな。


 イチ……。



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