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「忍びであるわたくしなど……」
「ほら、声を上げて笑ったであろう。茶々が声を上げたのは今宵が初めてじゃ」
イチは躊躇することなく、忍びである俺に茶々姫を抱かせた。つぶらな黒き瞳。俺の目を真っ直ぐ見つめ無邪気に微笑む。
「可愛いですね」
「丈、前から聞きたいと思っておった。わたくしはそなたと以前逢ったことがあるのか?」
「以前わたくしと?お市の方様とこのわたくしが逢うなど滅相もございません」
「丈の青き瞳と……、その声がどこか懐かしゅうて、覚えがある気がするのじゃ」
俺の目と、俺の声に……。
イチ、俺のことを思い出してくれたのか?
「お市、お市はおらぬか」
長政の声に、俺は茶々姫をイチの腕の中に戻し、天井に飛び上がり天板を閉じた。
障子が開き、長政が姿を見せる。
「ここにいたのか。乳母が捜しておったぞ。茶々姫がいなくなったと、それはそれは血相を変えて」
「殿……、我が姫をこの手で育てとうございます。なりませぬか?」
「乳母が育てるが決まり。織田家の姫君ならば、心得ておるだろうに」
「我が子は愛しゅうてなりませぬ」
「我が儘を言うでない。茶々をわしに」
「はい」
さっきまで機嫌の良かった茶々姫が、長政に抱かれた途端泣き出す。
「これこれ、泣くでない。父上に抱かれておるのに泣いてはならぬ」
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