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 燃え盛る火の中でセバスティは絶命し灰となり、俺はイチと共に戦国の世にタイムスリップした。


 イチは激しい時空の波にのまれ、平成の世の記憶も、俺との記憶も全て失った。


 この地に降り立った俺は、セバスティが死の間際に授けた魔力で、髪の毛の色を黒に変えた。しかし青き瞳の色だけは変えることは出来なかった。


 まだまだセバスティのような、完璧な魔術は使えそうにはない。


 イチ……。

 お前の傍にいたくて、俺は信長の忍びとなったのだ。


 イチ……。

 けれどお前は……

 俺のことなど覚えてはいない。


 俺と交わした……

 熱き……口吻さえも……。


 全て、時空の狭間に置き忘れた……。


 戦国の世に戻ったイチは、書物の歴史的文献通り、浅井長政の元に嫁いだ。過酷な運命が待っているとは知らず、長政と幸せに暮らしている。


 俺はずっと天井裏に潜み、鼠のごとくはい回る忍び。明るい太陽の下に出るわけにはいかず、埃にまみれ薄暗い闇の中で今も生きている。


 ――小谷城に戻った俺は、天井裏から、乳母めのとから乳をもらう赤子を見ていた。


 黒髪をした黒き瞳の愛らしき姫。浅井長政に嫁ぐ前にイチが身籠っていた赤子だ。


 イチは俺が初めての男だと思っていたが、イチはすでにあの時、妊娠していたというのか……?




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