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 ――永禄十年。


「市、市、やっと目覚めたか」


 懐かしい兄上の声に、わたくしは目を覚ます。


「たいそう、魘されていた。市、大事はないか?」


「……兄上!わたくしは?どうなったのじゃ?炎が……屋敷の中を炎が……」


「縁起でもない、悪い夢を見たものだ。市はそそっかしくていかん。ちと、女らしゅうならんとな」


 兄上は安堵の表情を浮かべ部屋から出て行く。


「市姫様、殿がたいそう心配なさっておいででしたよ。片時も離れず、それはそれは甲斐甲斐しく市姫様のお世話を……」


「お花、わたくしは気を失っておったのか?」


「はい、半時ほど気を失っておいででしたよ。石垣で足を滑らせ転倒し、気を失っておられたのですよ。万が一転落でもされたら、一大事でござった。ほんに、ご無事でなによりでございます」


「……たったの半時?わたくしは石垣から転落したのではないのか?転倒しただけ?……今まで……長き夢を見ていたのか?」


「頭を強く打たれ深い眠りに落ち、たいそう心配致しました。どのような夢でございますか?酷く魘されておいでで……」


「あれが……夢じゃと……」


 燃え盛る炎……

 崩れ落ちる……天井……。


 わたくしの名を呼ぶ……

 異国の……殿方……。


 殿方の……名は……


 殿方の名は……。



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