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「……いつ行かれるのですか」
「明日の夜、旅立つ」
「ジョエル……、わたくしも御供します。異国へ連れて行って下さい」
「それは出来ない」
「ジョエルは申したではありませぬか。わたくしに傍にいろと……。わたくしをジョエルの傍にいさせて下さい……」
「ダメだ、イチは連れて行けない」
「ならば、どうしてわたくしを抱くのです。どうしてわたくしの心を乱すのです。わたくしは……ジョエルを……」
「イチ、俺を困らせるな。俺はイチとは違う。祖国に帰れば、俺を待つ女は沢山いるんだ。イチとは……一時の遊びに過ぎない。悪く思うな」
イチはベッドで泣き崩れた。
震える背中……
長い黒髪……
愛しき唇……。
俺は……
ヴァンパイアでありながら、イチを愛してしまったんだ。
だから……
イチを俺達と同じ醜い世界に、引き摺り込む事は出来ない。
「イチ……」
「触らないで……」
イチに触れようと差し出した手を引っ込め、俺はベッドから起き上がる。
ベッドに伏せ泣いているイチを残し、寝室を出た。
リビングに降りると、暖炉の前に陶器の破片が落ちていた。ゴミ箱には湯呑みの破片が入っている。
そそっかしいイチが、湯呑みを落とし壊したのだと思い、その時は深く考えもしなかった。
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