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「私も手伝うから、二人でやりましょう。これ以上犠牲者を出したくないの。わかるわよね、イチ」


 春乃の言葉に、全身の血の気が引き体が震えた。


「二人が帰ってくるかもしれない。イチ、ここを出ましょう。彼らに悟られないように、平常心で接して。明日の午後一時、ここに来るから。その時に二人を殺すのよ。いいわね」


「わたくしには……出来ませぬ……」


「イチ、あなたが出来ないなら、私がる」


 春乃は棺の戸を閉めると、わたくしの腕を掴み地下室を出た。暖炉の隠し扉を閉めると、床に散らばった陶器の破片を片付け、足早に屋敷を出て車で立ち去った。


 わたくしは地下室を目の当たりにしても、二人が吸血鬼だとは未だに信じられず、床に座り込んだまま身動き出来なかった。


「イチー!イチー!」


 ジョエルの叫び声に、わたくしは正気を取り戻し、二階に駆け上がる。


「お帰りなさいませ。きゃあ……なんてことでしょう。凄い血でございます。胸を見せて下さい。応急手当てを致します。早く御匙おさじを……」


 白いシャツの胸元が赤い血に染まったジョエルを見て、わたくしは取り乱した。


「イチ、落ち着け。俺ではない。セバスティだ。傷の手当てをしたい。リビングから消毒液を持ってきてくれないか」


「はい、畏まりました」


 リビングに駆け降り、棚から救急箱を取り出し、二階に持って上がる。


 セバスティの寝室に入ると、腕や額から血を流し、苦しそうに息を吐き顔を歪めているセバスティが、ベッドに横たわっていた。

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