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 春乃をリビングに通し、エアコンのスイッチを入れ、キッチンでお茶の用意をする。


「ああ寒い。こんなに立派な暖炉があるのに、薪をくべてはならないなんて……。暖炉で火をつけるなってことよね。この暖炉は単なるインテリア……」


 春乃はぶつぶつと呟きながら、暖炉を覗き込んだ。屋敷にある暖炉はとても大きく、少し屈めば人が中に入れてしまうくらい広い。


 春乃は暖炉の中に入り、暖炉の正面の煉瓦に触れた。コンコンと右手で叩くと、左右の煉瓦よりも軽い音がした。


「春乃さん、何をしているのですか?」


 春乃は暖炉の上部に目を向け、煉瓦を片っ端から押す。奥から三つ目の少し欠けた煉瓦を押すと、ギーッと鈍い音がし、正面の煉瓦が横にスライドした。


「やっぱりね……」


「春乃さん!?どういうことですか?」


「イチ、隠し扉よ。ここに地下室があるわ。一緒に来て」


「……地下室?」


 躊躇しているわたくしの手を掴み、春乃は暖炉の中に引き摺り込んだ。持っていたお盆が落ち、湯飲みが床に落下しガチャンと音を鳴らし破損した。


 暖炉の奥には灯りはなく、長い暗闇が広がっている。春乃はポケットの中に入れていたペンライトで用心深く暗闇を照らす。

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