91

 山道に入り、春乃の運転は荒くなる。助手席に座るわたくしの体は、シートベルトをしていていても上下に激しく揺れた。


 深い森の中を照らす車のライト。

 蝙蝠はまだ夜空を飛んではいない。


「イチ、ジョエルに注意されていることはない?」


「注意でございますか?」


「例えば、してはいけないと言われていることよ」


「……それならば、暖をとるときは暖炉に薪をくべてはならない。エアコンを使用するようにと言われております」


「人が入れるほどの立派な暖炉があるのに、薪をくべるなと?」


「……はい」


 春乃は屋敷の敷地内で、急ブレーキを踏んだ。ジョエルのバイクがないことを確認すると、エンジンを切りシートベルトを外し運転席から降りた。


「イチ、寒いわね。送ってあげたのだから、熱いお茶くらいご馳走してよ」


「……それは」


 ――『屋敷には誰も入れてはならない』


 ジョエルの言葉を思い出し躊躇するわたくしに、春乃は笑顔を向ける。


「私達、友達でしょう。お茶を飲んだらすぐに帰るから。ジョエルには黙っていれば、わからないわ」


「はい」


 家まで送っていただいたのだから、お茶くらい出しもてなすのは当然のこと。


 わたくしは玄関の鍵を開け、春乃を屋敷内に招き入れた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る