86

「急用?」


「ああ、そうだ。万が一、俺が大学に戻らなければ、先に屋敷に帰るように。タクシーを呼べは屋敷まで送ってくれる。大学の公衆電話にタクシーの番号は貼り付けてある。電話はコインを入れて掛けるんだよ。これがお金だ。決してマハラに付いて行かないように」


「公衆電話?タクシーとはどんな乗り物でございますか?」


「タクシーとは車だ。お金を支払えば屋敷まで乗せてくれる。屋敷には誰が訪ねて来ても入れてはいけない。いいね」


「……はい」


 講義の最中にも、俺はセバスティの事が気がかりでならなかった。マハラが大学にいる隙に屋敷に忍び込み、セバスティを地下室から救い出さなければ。


 イチを大学に残し、俺はバイクを走らせマハラの屋敷に向かった。


 マハラの屋敷周辺は、俺達の屋敷同様森林に囲まれている。生い茂る木の後ろにバイクを隠し、俺は鼠の姿に変身する。


 素早い動きで山道を走り、屋敷の床下に入り込む。床下を走り抜けると、地下に通じる入り口を見つけた。


 木材と壁のわずかな隙間を走り抜け、俺は地下室に辿り着く。


 地下室は普段使用されていないのか、周辺には無数の蜘蛛の巣。じめじめとしていてカビ臭く、地下室に棺は置かれていない。


 バサバサと音がし、微かに「キキーッ」と鳴き声が聞こえた。地下室の隅に転がされた籠の中には、無惨にも片翼を折られた蝙蝠の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る