83

「申し訳ありませぬ。先日ペン立てを落としてしまい偶然鍵を……」


「偶然見つけた鍵で、勝手にデスクの抽斗を開けたのか?」


「申し訳ございませぬ」


「イチ、この本を読んだのか?」


「……途中まで拝読致しました」


 俺は本をフローリングの床に投げ捨て、イチの傍に行く。イチの細い腰に手を回し抱き寄せた。


「……ジョエル」


 イチの言葉を封じ、唇を貪るように奪う。


「……っ」


「イチ、本に書かれていたことは全て忘れろ。俺が忘れさせてやる」


「……ぁっ」


 イチの背中を壁に押し付け唇を奪い、髪を乱暴に掻き上げ、白い首筋に唇を近付けた。


「……お願い、殺さないで……」


 イチの口から、予想だにしない言葉が漏れる。


「俺がイチを殺す?」


「……いえ」


「イチ、勘違いするな。俺はヴァンパイアではない。春乃や美薗、マハラの言葉に惑わされるな」


「ジョエル……ならば教えては下さらぬか。わたくしは本当の事が知りとうございます」


「本当のこと?」


「あの書物に書かれていることは、本当でございますか?わたくしも兄上も自害すると書かれておりました。あのようなことは、作り話でございますよね」


 イチは取り乱し、俺に問う。


「この世は、イチの住む尾張国と同じ日本。ただし、イチの暮らす時代は、千五百六十七年。今は平成の世、二千十二年。イチは戦国の世から未来へタイムスリップしたんだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る