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 数軒先に小さな本屋を見つけた。

 店先には一人の若者。


「おはようございます。あの……この店に吸血鬼に関する書物はありますか?」


「吸血鬼?コミック?それとも小説?あの隅に吸血鬼伝説の本ならあるけど」


「ありがとうございます」


 本屋の隅の書棚に一冊の書物を見つけた。黒い表紙に赤い文字で、『吸血鬼伝説』と書かれていた。わたくしはその書物を手にとり読みふける。


 吸血鬼とは……

 “中世のルーマニアやヨーロッパが発祥の地。鼠や蝙蝠、狼や霧に姿を変える事ができる。”日中は棺で眠り夜中から夜明けに活動する。吸血鬼は太陽の光に当たると灰になる。


 吸血鬼は人間の生き血を吸血し生き延びる。吸血鬼を退治するには、次の方法がある。

“首を落とす、心臓に杭を打つ、死体を燃やす。銀の銃弾で打ち抜く……。”


「お客さん、立ち読みは困るな。読みたいならお金払って買ってよ」


「お金……とは?金子のことですか?今は……持ち合わせておりませぬ」


「ないの?冷やかしかよ。さっさと帰りな」


 若者はわたくしの頭上で、パタパタとはたきを振り回した。


「イチ?イチじゃない。こんなところでどうしたの」


「春乃さん……」


 わたくしの手には一冊の書物。


「やだ、それ吸血鬼伝説じゃない?その本買うの?」


「金子が……」


「金子?お金が足りないの?いいわ、貸してあげる。お兄さんこの本いくらするの?」


「千五十円です」


「高いな、値引きしてよ。私、いつもここで雑誌や本買ってるでしょう」


「春乃ちゃんには敵わないな。けど、古本じゃないから、それは値引きできないよ」


「ケチ」


 春乃は笑いながら、財布からお金を取り出した。それはわたくしがみたこともない、紙のお札と硬貨だった。

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