59

 兄上も長政殿も自害するなどあり得ぬ。


 怖くなったわたくしは、不吉な書物を閉じ机の抽斗に収め鍵を掛けた。


 呼吸は乱れ、平常心ではいられない。


 でもあの書物が、わたくしの行く末を暗示しているとしたら……?


 もしそうならば、わたくしは長政殿と共に小谷城で自害する運命……?


 ――それとも……?


 書物を途中で閉じたわたくしは、自分がどうなってしまうのか気になり、再び机の鍵穴に鍵をさそうとしたが……。


「イチ、イチー」


 階下でジョエルの声がし、わたくしは慌ててペン立てに鍵を入れた。


 ジョエルがこの書物を隠している理由は……?


 わたくしの行く末を知っているから……?


 今、わたくしがいるこの時代は日本。

 今まで、わたくしのいた尾張国も日本……。


 だとしたら……

 書物の記述とは異なり、わたくしはあの戦国の世を生き延びたことになる……。


 混乱しつつも、バケツを掴みわたくしは書斎を出る。


「イチ、やはり書斎にいたのか。イチはよほど本が好きなんだな」


「……は、はい」


「今日は何を読んだ?」


「ヨーロッパの書物を。ジョエルの祖国が知りたくて。ジョエル……今はいつの時代でございますか?」


「いつの時代とは?」


 ジョエルの鋭い眼差しに、鼓動がトクンと跳ねる。机の抽斗を勝手に開けたことが悟られないように、思わず視線を逸らす。


「……いえ、何でもありませぬ。大学へ行く準備を致します」


「そう願いたいな」


 わたくしはバケツを掴み書斎を出る。掃除道具を片付け、急いで寝室に入り洋服を着替えた。


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