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兄上も長政殿も自害するなどあり得ぬ。
怖くなったわたくしは、不吉な書物を閉じ机の抽斗に収め鍵を掛けた。
呼吸は乱れ、平常心ではいられない。
でもあの書物が、わたくしの行く末を暗示しているとしたら……?
もしそうならば、わたくしは長政殿と共に小谷城で自害する運命……?
――それとも……?
書物を途中で閉じたわたくしは、自分がどうなってしまうのか気になり、再び机の鍵穴に鍵をさそうとしたが……。
「イチ、イチー」
階下でジョエルの声がし、わたくしは慌ててペン立てに鍵を入れた。
ジョエルがこの書物を隠している理由は……?
わたくしの行く末を知っているから……?
今、わたくしがいるこの時代は日本。
今まで、わたくしのいた尾張国も日本……。
だとしたら……
書物の記述とは異なり、わたくしはあの戦国の世を生き延びたことになる……。
混乱しつつも、バケツを掴みわたくしは書斎を出る。
「イチ、やはり書斎にいたのか。イチはよほど本が好きなんだな」
「……は、はい」
「今日は何を読んだ?」
「ヨーロッパの書物を。ジョエルの祖国が知りたくて。ジョエル……今はいつの時代でございますか?」
「いつの時代とは?」
ジョエルの鋭い眼差しに、鼓動がトクンと跳ねる。机の抽斗を勝手に開けたことが悟られないように、思わず視線を逸らす。
「……いえ、何でもありませぬ。大学へ行く準備を致します」
「そう願いたいな」
わたくしはバケツを掴み書斎を出る。掃除道具を片付け、急いで寝室に入り洋服を着替えた。
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