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「ち、違います……」
「マハラは危険な男だ。二度と近付くな」
「……はい」
目に涙を溜め頷くイチを、両手で抱き締める。
「イチは……俺のものだ。誰にも渡さない。その紅き唇を俺に差し出せ」
「……ジョエル」
照明に照らされたイチの唇に、俺は唇を重ねる。
俺達は何度もキスを交わし……
夜の闇に溶け込む。
越えてはならない禁断の愛に、俺は自分がヴァンパイアだということも忘れ、イチを愛し、イチも俺を受け入れた。
体を揺らすたびに、イチの紅き唇から吐息が漏れ長い黒髪が揺れた。
――小鳥の囀ずりが聞こえ暗黒の空が白く染まる。
俺とイチはベッドの中で抱きあったまま眠っていた。
「ジョエル様、おっと……これは失礼」
寝室のドアを開けたセバスティが、両手で目を隠す。
「もうすぐ、陽が昇ります。ジョエル様、急いで下さい」
「……そうだな」
俺は眠っているイチをベッドに残し、全裸に黒いガウンを羽織る。
「ジョエル様、イチ様に永遠の命を与えたのですね。マハラに奪われるくらいなら、その方がいい」
「いや、イチは吸血していない。これからもそのつもりはない」
「何故です。イチ様を愛してしまったのなら、同じ世界で生きた方が……」
「イチに俺と同じ思いはさせたくない。太陽の光を浴びることも出来ず、暗闇でしか生きられない命。人や獣の血を吸い、生き続けなければいけない運命。それが果たして幸せと言えるのか?」
「ジョエル様……」
「限られた命でも、その瞬間を輝いて生きた方が、幸せに決まっている。俺達は人間ではない。醜い生き物だからな」
そうだ……。
俺達は人間ではない。
命に限りがあるからこそ、人間は美しい。
イチの額にキスを落とし、俺は寝室を出る。朝陽が昇る前に地下室に降りなければ、俺達の体は灰となるからだ。
イチを愛してしまった俺は、イチの命を奪うのではなく、イチの命を狙う同族からイチの命を守ることだけを考えていた。
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