10

「紅き唇……。な、なんと……」


 わたくしは両手で唇を隠す。

 その仕草に、ジョエルは「くくっ」と意地悪な笑みを浮かべる。


「隠さなくてもいい。温かいうちに食事をしろ。どうだ、美味いか?」


「はい。このような美味しい食事は初めてでございます。戦国の世に、よくこのような食材が手に入りましたね」


「戦国の世?イチの住んでいた国は、戦いをしているのか?」


「はい」


「そうか。俺の祖国も戦いをしていた。人間とヴァンパイアの食うか食われるかの死闘が繰り広げられた」


「ヴァンパイア?食うか?食われるか?でございますか?ヴァンパイアとは食する物でございますか?それは鳥や猪よりも美味びみなものでございますか?」


 ジョエルの隣に座っていたセバスティが「プハッ」と吹き出す。


「ヴァンパイアも食する物ですよ。それはそれは目眩めくるめくほどの快楽を与えてくれる食べ物です。イチ様覚えておいた方が宜しいかと」


「こら、セバスティ変なことをイチに教えるな」


「ジョエル様、変なことではありません。ヴァンパイアも、食する物でございましょう」


「に、人間も!?」


 わたくしは思わず食事の手を止め、お皿の上にある肉の塊に視線を落とす。まさかこの肉は……。


「セバスティ、いい加減にしろ。イチ、それは子羊の肉だ。安心して食べるがいい」


 柔らかくて美味しい肉。

 子羊の肉と聞き、わたくしは安堵する。


「ヴァンパイアとやらも、一度食してみたいものです」


 わたくしがそう語ると、セバスティとジョエルが顔を見合せゲラゲラと笑った。

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