「わたくしは尾張国から参りました。名前はいち織田信長おだのぶなが(上総介)の妹でございます」


「織田信長?誰だよそれ?」


「天下の武将。織田信長をご存知ないのですか?あの兄上を知らぬとは……。異国の方ですもの仕方あるまい」


「イチ、君は歳はいくつ?随分堅苦しい喋り方だね」


「わたくしは二十はたちでございます。早く城に戻らねば、婚儀が……」


「婚儀?」


「わたくしには兄上が決めた許嫁いいなづけが……」


「許嫁?」


「はい。夫婦めおととなるお方が、わたくしを待っているのです」


「二十歳の若さで結婚すると?そいつを愛しているのか?」


「愛とはなにで御座いますか?兄上の定めた婚儀。わたくしが城に戻らねば、大変なことになりましょう。お願い申し上げます。どうか城に戻して下さい」


 イチはベッドの上に正座し、三つ指をつき俺にこうべを垂れた。


「それは出来ない」


「何故でございます」


「俺にはイチのいう城の場所がわからないからだ。それに、わかったとしてもイチを返したりはしない。イチは美しい。この国でこんなに美しい女を見たのは初めてだ。俺の傍に仕えろ」


「……そんな。お願いです。わたくしを城に返して下さい」


「無理だ。諦めろ!」


 イチはベッドで泣き崩れた。泣く女は苦手だ。俺はパンパンと両手を鳴らしセバスティを呼ぶ。


「ジョエル様、お早いお呼びで。もう存分に楽しまれたのですか?」


 ニヤニヤ笑いながら、セバスティが室内に入る。


「セバスティ、イチにドレスを。そうだな、真紅の薔薇の花びらのような、美しいドレスを用意しろ」


「はい、畏まりました」


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