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「市姫様、そこはあぶのうございます。野の花など摘まれなくとも、庭に咲く美しき花を摘んで参りますゆえ……」
「野の花の方が愛らしくてよいのじゃ」
侍女が案ずるのも無理はない。昨夜の雨で石垣に生えた苔や草は湿り気を帯び、滑りやすくなっていた。
わたしくしは侍女の忠告も聞かず、その場に身を屈め黄色い花に手を伸ばす。黄色い花の横には、白い綿帽子のような種子がつき、風と共に空に舞い上がる。
この花の種のごとく、わたくしも自由に飛んでゆけたらよいのに。
「綺麗よのう」
空を見上げ上体を起こし、その種子に触れようと手を伸ばした時、足元が濡れた苔で滑り、真新しい草履の鼻緒がプツリと切れた。
わたくしの体は前後に大きく揺れ、次の瞬間、石垣から転げ落ちる。
「市姫様――!!」
侍女が声を上げ手を伸ばしたが時はすでに遅し、真綿のごとき白い種子と共に、わたくしの体は空中を舞う。
青い空と地面が何度も反転し、わたくしの目に映る日の光が遮断され暗闇に包まれた。
底なし沼に沈むがごとく、わたくしの体は奈落の底に堕ちてゆく。
――戦国の世から……
解き放たれ……
――深い眠りの中に……
我が身を沈めた。
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