#35

「ちょっと、どこに連れて行こうとしているんだい? せめて目的地くらい……」

「あ、ごめんなさい!」


 焦りのせいか少し早足になってしまっていたようで、後ろを着いてきていた弥白先輩が不安そうに言った。


「いいけど……確かに今日は君に付き合うとは言ったが、流石に夜遅くまでは困るんだけど……」


 彼女は生徒会長であり、そんな彼女が補導されたなんてなったら問題だろう。それにお嬢様という話だ。きっと親御さんも心配する。

 それくらいは俺にも分かっているつもりだ。


「知ってますよ。だから焦ってます」

「場所くらい教えてくれたら協力できるんじゃないかい?」

「場所は問題じゃないんです。問題は売ってるかですから」

「売ってる……?」


 さっぱり分からないと首を傾げる弥白先輩。

 しかし、こんな問答をしてる場合じゃない。


 向かっている先は家よりもさらに学校から離れた場所にある旧家が多くある地域。和華の家がある方向だ。

 駅からだとそれなりに距離がある。


「……逢坂君は怒っていいと思うよ」

「何がです?」


 後ろからポツリとそんなことを呟いた。俺は振り返らずに聞き返す。


「自分でも変なことを言ってるのは理解してるつもりだ」

「俺達のことが好きなのに離れるって話ですか?」

「うん。おかしいよね」

「……怖いって気持ちなら分かります」


 少し前の俺なら理解できなかったかもしれない。

 離れる必要なんてないだろって騒いでたかもしれないし、なんならもっと酷くキレていたかもしれない。


 だけど、その怖いという気持ちをつい最近経験させられたばかりなのである。

 それも、今話している彼女の手によって。


 結果、俺は和華を傷つけ、茉莉や姫ちゃん、寧々音に心配をかけた。


「怖かった。手に入れた物を失うってのは怖くて怖くて仕方ない。それで逃げたくなる気持ちは痛いほど分かる」

「……僕のせいだね」

「ええ、貴女のせいです」

「やっぱり君は僕を怒るべきだ」


 多分、彼女が言う怒るというのは拒否とかそんな意味が含まれるものだ。


「僕は君の日常を掻き乱してしまった。それなのにいきなり逃げ出すのだからね」


 弥白先輩の足が止まった気配がした。

 だから俺も立ち止まって振り向く。


「なんて顔してんだよ……」


 弥白先輩は今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「言っときますけどね。俺の日常なんてとっくの昔に搔き乱れまくってんですよ」

「……?」

「ほんのちょっと前は俺はただのエロゲオタで。寧々音と姫ちゃんにからかわれてるだけの日常だったんです」


 それは二年生の始業式にぶっ壊れた。


「茉莉に出会って、和華に出会って」


 まだ二ヶ月も経っていない。


「それから貴女に会った」

「つまり、僕は五人目の女という……」

「そうだよ。だから、俺の日常を掻き乱したとか、傲慢なんだよ」


 一気に距離を詰める。

 すると、カァっと弥白先輩の顔が真っ赤に染まった。


「ちかっ、ず、ずるっ、ずるいよ君!」


 はぁ? 何がだ。


「ほら、さっさと行きますよ!」


 誰かの心を引き止めたいなら、少しくらい強引にならなくちゃいけないと思う。

 それくらいで人は壊れたりしないから。


 弥白先輩の手を握り、引っ張る。


「早くしないと閉まります」

「ふあっ、お、逢坂……くんっ! ダメだ、僕もうなんかヤバい!」


 意味がわからん。せめて何がヤバいか明確にしろっての。

 あと、本気で時間がないから。


 あそこ、五時には閉まるんだよ。


 何か後ろで文句を言っているけど、無視させてもらおう。

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