#34

「ふふっ、お疲れだね」

「慣れないことするもんじゃないですって」


 弥白先輩と二人だけの帰り道。


 別になにかを強要されたとか、嫌がらせされたとかはなかったけど、とにかく精神的に疲れることが多かった。むしろ、あの場にいるだけで疲れるよね。


 げんなりした様子で肩を落としてみせると、弥白先輩はクスクスと上品に笑った。


「僕は意外と楽しかったかな」

「マジすか。俺にはハードルが高過ぎて……」

「ううん。君がいてくれたおかげさ」

「お、おお……いや、ええと……」


 そんなこと言われると照れるじゃないか。

 夕焼けがまるで後光のように弥白先輩を照らし、だから俺は顔を背けて頬をかいた。

 けっして弥白先輩のことを見るのが急に気恥ずかしくなったとかではない……はず。


「逢坂君がいてくれたから今日も楽しかった。というか、最近はとても、本当に楽しかったんだ」

「それは、良かったです。俺なんかが弥白先輩の先輩の役に立てて」

「謙遜しないで。僕だけじゃない。みんなが逢坂君を頼ってる。見た目は平々凡々、少し頼りなさそうで……普通ならその他大勢に埋もれそうな君」


 お、喧嘩か? まぁ、その通りなんですけどね!


「なのに君はまるで主人公のようで、君達の物語は……これから先もとても面白いものになると僕は信じている」


 ニコリと笑う。とても綺麗な笑顔なのに、それがどうにも気に食わなくて。

 なぜならそこには寂しさのようなものが見えてしまったから。


「どうしてそんな他人事みたいに話すんですか……?」

「他人事だからかな」

「みんなとも仲良くなったじゃないですか。まだダメなんです!? なら、また一緒に……」


 しかしその言葉は口元に指を当てられて止められてしまった。


「君達のことは好きだよ。みんなとても良い子たちだと思う。僕にはもったいないくらいの……それが怖い」

「え?」

「だから、ここでさよならだ。できればさよならのキスをしてあげたいけど……それはきっと怒られちゃうからね」

「ちょっ、待って下さいよ! 意味わからんねぇ!」


 思わず叫んでしまう。


「僕は成仏する。彼女のように……」


 彼女……というのはきっとやしまのことだ。

 弥白先輩の分身たる彼女。


「それじゃあね」


 弥白先輩が行ってしまう。俺を置いて、反対方向に向かってしまう。


 それが彼女の意思なら、俺はそれを……。


「違うだろ……」


 ……違うだろ。俺はまた同じことをするつもりかよ。

 茉莉の時も俺は自分から動こうとせずに、そのせいで大切な友人を失いかけた……。


 成長しろよ、逢坂輝夜!


「待って下さい!」


 弥白先輩の手を握りしめる。


「もしあなたがやしまだと言うなら……最後に、成仏する前の……最終日……」


 終わらせちゃいけない。まだエンドじゃない。


「俺と、デートに行きましょう!」


 目を見開いた弥白先輩は、俺の手から逃れようとするが、逃がさない。

 すると、困った顔をして……。


「嫌だ。僕は弱いんだ。そんなことをされたら君から逃げられなくなりそうだ」

「そんなの知らないです」

「……じゃあ、今からだ。今日だけ……なら……」


 もう日は暮れようとしている。

 残された時間は少ない。


「分かりました。それでいいです」


 俺はこの時間にかけることにした。

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