弥白のジレンマ

#32

 弥白先輩に関係する遊園地までの騒動以降、うちの高校ではある事件が起きていた。

 事件というか、変化だ。


 これまでの弥白先輩は生徒会長としていつも真面目で、誰にも隙を見せず、完璧を演じていた。

 正直、一緒にいると、あの人もあの人でポンコツなせいで忘れそうになるが、彼女は何か用事がない限り話しかけるのも躊躇われる存在なのだ。


 しかし、俺を含め、茉莉達と接することで、普段にも隙が見え始めた。

 それが良いのか悪いのかは別として、そんな弥白先輩に男女関係なく好意を抱くものが多く現れたのである。


 元々生徒会長としてカリスマ的な人気のあった弥白先輩に親しみが付与された形になる。

 高嶺の花は手の届く場所にあった。それが周知されたのだ。


「あっ! 逢坂くーん! ハァハァ……たす、けて……」

「弥白先輩。どうしたんですかそんなに息を切らして」


 廊下を歩いていると、前から弥白先輩が小走りでやって来た。

 まるで誰かに追われているみたいに息を切らして、後ろを気にしている。


「お、追われているんだ」

「え、誰にですか!?」

「クラスメイトにだ!」

「……は?」


 なんでクラスメイトから逃げてんだこの人。というか、どうもしょうもない理由な気がして仕方ない。


「一応、理由聞きますね。どうしてです?」

「彼女達……僕をカラオケに連れて行こうとするんだよ」

「……あ、はい。それじゃあ楽しんで」


 やっぱりどうでも良かったので俺はさっさと去ることにする。

 俺だって今は忙しいんだ。


「待っておくれよぉぉぉ」

「しがみついて来ないで下さいぃぃ。こんな姿、他の人が見たら弥白先輩のイメージがぶち壊れるでしょうが!」


 今バレている姿は親しみのある生徒会長であって、このポンコツ生徒会長ではない。

 今は周りに人がいないからいいものを……。


「僕が他人と接するのが苦手なのは知っているだろう! アレだぞ? 君も知っている通り、時間経過と共に僕の仮面ってどっかいっちゃうんだよ!?」

「知ってますけど、知らないですよ! というか、気をつければいいでしょうが」


 今まで生徒会長としてやって来たんだから大丈夫だろう。

 それに色んな人と関わるのはきっと弥白先輩にとってとても良いことだ。


 そう思ってしがみつく先輩を引き剥がす。


「酷いぞ逢坂君。友が困っていたら助けるのが人情というものだろう」

「あのですね。百歩譲って助けるとして、俺にどうしろって言うんですか」

「う、うーん。それは……どうしよう?」

「何も考えてなかったんですね」


 ため息がこぼれそうだ。


「しかしね、それを一緒に考えるのも友達の役目というものではなかろうか?」

「ふむ。それは一理ありますね」

「だろう?」


 どうにも言いくるめられている気がするのだけど、まぁ、いいや。


「それで、なんでカラオケに誘われたんですか? 嫌だったら断ればいいじゃないですか?」

「それがだね。僕も最初は断ろうとしたんだ。しかし、その時の僕は生徒会長モードじゃなかった」

「はぁ……」


 やっべえ。もう意味わかんないや。生徒会長モードってなんだ。


「最近、君たちと一緒にいることが増えて、名古さんにも言われたし、もう少し緩くすることにしたんだ」


 あぁ、遊園地の時にKYがどうのとか言われていたな。だいぶ傷ついていたみたいだ。

 それで、反省して修正してくる辺り、やはりこの人は優秀ではある。


「すると、ちょっとした弊害が起きてね」

「何か問題が?」

「どうにも生徒会長モードじゃない……つまり気を緩めた状態に一度してしまうと、いつもよりダメダメになって、しかもすぐに元に戻せないという……!」

「思ってたよりポンコツだなアンタ」

「酷いぞ! こんな体にしたのは元はと言えば逢坂君のせいだ! 責任を取ってくれたまえよ」

「ちょっ、大きい声で責任とかやめてください!」


 変な噂が立って困るのはお互い様でしょうが。

 すると、俺の考えが伝わったのか、赤面する弥白先輩。


「ち、違うぞ! 別に僕はそんな意味で言ったんじゃないからね!」

「わ、分かってますよ。そんな勘違いするわけないじゃないですか」

「う、うむ。そうだね。そう……ううん」


 突然難しい顔をする。

 どうしたんだろう。


「どうしました?」

「いや、なんというか、モヤッとしてね。いや、気にしないでくれ」

「はぁ、そうですか」


 よく分からんが、この人がよく分からないのは元々だから気にしないでおこう。


「それで、そのポンコツ状態の弥白先輩は断りきれずに逃げてきたと」

「うん」

「じゃあ、さっさと生徒会長モードだかなんだかになって、断ってきたらどうです?」

「いや、それが逃げてくる前に行くと言ってしまったんだ」

「マジですか……」

「うん。そして僕は一度した約束を破るのは好きじゃない」


 キリッと生徒会長の顔で言う。


「そうですか。じゃあ楽しんできてください」

「待ちたまえ」


 ガシッと肩を掴まれる。に、逃げれない……だと……?


「僕と一緒に行こう」

「嫌ですさようなら」

「逃げちゃだめだぁ」


 いや、本当に羽交い締めはやめて! 胸とか色々柔らかすぎて困るから!


「わ、分かりました。それじゃあ一応そのクラスメイトに聞いてみましょうよ」


 クラスでの集まりなら、どうせ断られるに決まっている。


 そして、弥白先輩のクラスメイトたちの元に行き……。


「会長さんの後輩!? もちろん、いいよー! 色々聞かせてね!」


 ううん、最悪。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る