#30
「四天王を打ち破ってよくぞ私の元までやって来た勇者よー!」
最後に待っていたのは茉莉だった。しかもなんかテンションがおかしい。
「どうしたの、そのテンション」
「ちょっと輝夜君!? ノッてくれないと私がスベってるみたいだからね?」
みたいじゃなくて、実際、大いにスベってるよ。俺は優しいので、言わないでおくけど。
「ごめんごめん。それで、どうする?」
「うん。さっき面白そうなの見つけたの。園内の端の方だからちょっと分かりにくいんだけどね」
「へぇ、絶叫系じゃないよね?」
笑顔から一瞬で真顔になって聞く。ちょっと疑心暗鬼っぽくなってるかもしれないな。
「あははは。違うよー。輝夜君って絶叫系が苦手なんだね」
「HAHAHA。ソンナワケナイジャマイカ」
「なんか外人みたいな笑い方だし、後半カタコトな上に国の名前があったよ」
おっと、さっきの恐怖を思い出して言葉が変に。一旦落ち着こう。
「で、どのアトラクション?」
「それは着いてからのお楽しみです」
ほう、茉莉にそう言われたらなぜか楽しみになってくるから不思議だ。
しかし、もったいつけてくるのだから、こちらもハードルを上げてしまうのだけど、いいのだろうか?
期待しつつ茉莉の後を追うと、大きな池に出た。池には何台かのアヒルボートが浮かんでおり……。
「もしかして、これ?」
「アヒルさんボートだよ!」
「お、おう」
確かに絶叫系じゃないが……予想の斜め上というか、なんというか……遊園地まで来て乗るものでもないような気がする。
とは言え、家の近くにあるわけでもなく、少し物珍しい気分にはなるか。
「よく、アニメやゲームで主人公とヒロインがアヒルさんボートに乗るけど、実際に乗ったことはないんだ。輝夜君は?」
「俺も……ないな」
よく考えたら、アヒルボートどころか普通のボートにだって乗ったことは無かった。
そもそも、アレは世のリア充がイチャイチャする水上ラブホテルだと思っていたんだよね。
「せっかくだから乗ってみない?」
「アレに?」
アヒルボートを指差す。そのボートには仲睦まじい恋人がイチャコライチャイチャと……
「ダメかな? 流石に私一人で乗るのは……その、ね」
一人でアヒルボートに乗るのは辛すぎるだろ。なんの苛めだよ。
「いいよ、乗ろう。俺も気になるし。さっきもアヒルボートとは違う意味でなかなか凄いのに乗ってきたところだから」
メリーゴーランドは本当に色んな意味で大変だった。周りの幼女たちには羨望の眼差しで見られるわ、その親からは生暖かい目で見られるわ、男性スタッフからは殺意のこもった視線を送られるわで……。
アレと比べたらこっちは断然マシに思える。関係は違えど、見渡す限り男女ペアが多い。
茉莉に対して俺が釣り合っていないことを除けば問題ないだろう。
「それより、俺でいいの?」
「どういう意味? というか、男子だったら輝夜君くらいとしか乗らないよ」
なんでもないように笑って言うが……それは俺の心臓に悪いんだが。
「あ、あそこで貸してくれるみたいだよ!」
そう言って顔を赤くしたオレを放置してボート小屋の方へ走って行く。
うーん。悩ましい。
とにかく勘違いしないように気をしっかりしないとな。
アヒルボートを動かすペダルは片方の座席にだけで、一応、男だし俺が漕ぐことにした。
「わぁ、凄いね輝夜君! 外から見たことはあったけど、アヒルさんの中にいるよ!」
「お、おぉ、そう、だな……」
「輝夜君……大丈夫?」
「ハァハァ、だ、大丈夫。ちょっと思ってた以上にこのペダルが重いだけだから」
「そ、そうなんだ。変わろうか?」
是非! と言いたいところだけど、それはちょっと男として御遠慮したい。
だから、頑張って漕いでいるわけだ。
「いや、ここで茉莉に頼んだら男としての威厳が……!」
「か、輝夜君! いつになくちょっと男の子だよ!」
「それ、ちょっと傷つくんだけど……」
まぁ、ここで俺が男の子だということをしっかりと証明して挽回するぜ。
……
…………
………………
「ゼェ……ハァ……ゼェ……ハァ……」
「輝夜君……」
「足が……」
「わわっ、ストップだよ! ストップー!」
茉莉の声で、呪われたように動いていた足が止まる。
つ、つるかと思った。
「な、なんか、ごめん……」
「えっと、こうなると思ってました」
そっちのが傷つくんですけど。
「こうなったら俺は男の子をやめて女の子に……」
「本当!? 私、男の娘も大丈夫だよ!」
「う、嘘です……女の子にはなれませんごめんなさい」
近づいてきた鬼気迫る顔が怖くて、謝る。
「むぅ。まぁ、いいや。じゃあ、運転代わるね。これでも運動は得意な方だから」
「本当にごめん」
「輝夜君には輝夜君の良いところがあるもん」
そんなところ見当たりませんが。はぁ、マジで男としてどうなの。
場所を変わろうと、ボートの上で立ち上がる茉莉。その時、近くをアヒルボートが通り、小さい波が生まれた。そのせいで俺達の乗るボートが揺れ……。
「あっ」
「茉莉!」
立ったまま体勢を崩した茉莉がボートから落ちそうになる。
同時に体が動き、茉莉の腕を掴む。しかし、逆に引っ張られる形でこのままでは一緒にドボンだ。
そうはさせまいと、精一杯の力で茉莉を引き、代わりに俺が池へと落ちる。
「はっくしゅん。うぇーい」
「さ、寒い輝夜君!?」
「いやぁ、大丈夫大丈夫。今日温かいし。スタッフさんにタオル貸してもらえたし」
池の畔のベンチでタオルにくるまる俺。それを心配そうにオロオロする茉莉。
「でも」
「大丈夫だって。まぁ、ボートで立つなって怒られちゃったけどね」
スタッフさんに厳重注意を受けちゃったよ。当たり前だけどね。
「ま、そろそろ皆の所に戻ろうか。歩いてたら乾くだろうし……は、は、はっくしょん!」
「輝夜君……失礼します!」
横からギュッと抱きしめられる。
「なに、して……」
「あ、あったかい?」
「お、おう……?」
温かいけど……それどころじゃない!
柔らかすぎィ!
「……あのね。助けてくれてありがとう。輝夜君はちゃんと男の子……カッコイイ男の子だからね」
「あ、え、その……ありがとう」
これなんてエロゲのシチュなの!?
あー、とりあえず今は何も考えたくないからこの柔らかさと温かさに身を委ねよう。
……周りのカップルからジロジロと見られていたとしても。
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