#20

「あれは……」

「全然楽しそうじゃないね……」


 台の上でクルクル回るティーカップ。さらに真ん中の円盤を回すとティーカップ自体も回るらしい。

 昔からあるアトラクションだし、乗ったことはないが、楽しそうではある。

 しかし、そこに乗る面々は誰も楽しそうではない。


 元々、寧々音は乗る気はなかったようだし、姫ちゃんはずっとすまし顔で目を瞑っているし、その二人に挟まれた弥白先輩もまた黙って座っているだけ。

 姫ちゃんが目を瞑っているのは、もしかして弥白先輩を見たくないから……?

 だとしたら重症だな。


「あっちは……哀愁漂うねぇ……」

「見ないでやってくれ……」


 その隣のティーカップでは、なぜか陸斗が一人で乗っていた。しかも、無言で中心の円盤を回して、ティーカップをクルクルせている。

 三人が乗るというと、鼻の下を伸ばした陸斗も乗ると言い出したのだが、ティーカップは一台に中学生以上は三人までしか乗れず、陸斗はおひとり様ということになった。

 結果、あのなんとも言えない哀愁を漂わせて、虚しくティーカップを回しているわけだ。


 ちなみに和華は……。


「すげぇ! やばいぞ茉莉! 輝夜! 二人は乗らねぇのか!?」


 デパートの屋上とかで見たことのある、園内ならどこにでも乗っていける、動物を模した子供向けの乗り物に乗っている。


「う、うーん。私は遠慮しておくかなぁ」

「俺もパスで」


 流石にこの歳になって鈍足で動くパンダの上に乗るのはちょっと……。


「むぅ。面白いのにな」


 あっちは一人楽しそうでなにより。当分放っておいてもいいだろう。


 さて、問題はあの三人。

 このままじゃ仲良くなるどころかさらに溝が深まるばかりだ。

 しかし、こちらからではなにもできない。寧々音を頼ろうにも、あの様子じゃ……ん?


「なんか、寧々音の様子がおかしくないか?」

「寧々ちゃん? テンションは低そうだけど、いつもとそんなに変わらないんじゃ」

「そうなんだけど……そうじゃなくて……なにか忘れてる気がするんだよね」


 こう、大切なことというか……あっ!


「やばい……」

「やばい?」

「これ、どれくらいで終わる?」

「あと、一分くらいかな」


 あと、一分か。もし、耐えれたら抱きしめてやりたい。


「それがさ、寧々音、この乗り物乗りたくなさそう……というか、この施設に行くのも渋ってたんだけど」

「うん。外になるべく出たくないって」

「確かにそれもあるんだろうけど……寧々音ってアホみたいにアトラクション酔いするんだよね」

「アトラクション酔い?」


 乗り物酔いではなく、アトラクション酔いと聞いて茉莉はクエスチョンマークを浮かべる。


「電車とか飛行機とかには普通に乗れるみたいなんだけど、寧々音が幼稚園くらいの時から、遊園地のアトラクションに乗ると気分が悪くなるみたいなんだよ」


 だからうちでは、基本的に遊園地なんかには遊びに行かない。

 以前、中学の遠足で遊園地に行き、ほとんど医務室で過ごしたという経歴もある。

 それを完全に失念していた。


 そして、一分後。フラフラと覚束無い足取りで寧々音が両脇を姫ちゃんと弥白先輩に支えられて出てきた。


「うっ、ぎもぢわるい……」

「よくやった寧々音。ベンチで休もう」


 二人から支えを変わる。


「まぁ、あれだ。寧々がこれだけ頑張ったのだから輝兄も頑張れ」

「寧々音……本当に最高の妹だな」

「知ってるぞ。さて、五分ほど休ませろ。それから出発しようじゃないか。おい、和華。アホなの乗ってないで膝枕だ」

「ああ、わかった」


 頷くと、俺から離れてベンチに向かう寧々音。それと入れ替わりに和華が寧々音の元に向かう。パンダに乗って。


「アホなのってなんだよ! くまごろうは凄いんだぜ」


 パンダなのにくまごろう……。というか、名前つけないで恥ずかしい。

 寧々音は馬鹿を見る目で和華を見ている。


 ……さて、あの寧々音にここまでしてもらって、俺が足踏みしているわけにはいかねぇよな。

 二人がちゃんと話す機会を作る。それが俺の最初の目標だ。


 その為の手段も一応、考えてきてはいる。ただ、その場所にどう二人を自然に連れていくか。それが悩みだった。

 だが、寧々音がしたように多少強引にでも連れていく。

 うん。そうしよう。


 寧々音と和華が座ったベンチからみんなのいる場所に戻ろうとしてると、姫ちゃんがこちらに向かって来た。


「あの……私すっかり寧々音がアトラクションに弱いことを忘れていて……」


 申し訳なさそうにする姫ちゃん。その頭を撫でてやる。


「それは俺も忘れていたことだから同罪だ」

「……私は馬鹿ではないと思っています。だから今回のこのレクリエーションがどんな意味を持つのか、誰に対してなのか、分かっているつもりです。その上で、私はあの方と仲良くするつもりはありませんでした」


 まぁ、そりゃバレバレだわな。

 隠していたわけじゃないが、いがみ合っていても一日一緒にいれば……なんて甘い考えをしていた。


「寧々音には無理をさせました。ここは私が大人になり、歩み寄りますので……」

「それは違うよ姫ちゃん。それじゃあ、意味無いんだ。大丈夫。姫ちゃんはいつも通りで」

「いいんですか?」

「当たり前。それに、これ以上、姫ちゃんが大人になったら俺が困る」


 もしかしたらすでに追い抜かされているかもしれないけど、それでも俺は姫ちゃんと寧々音の兄でいたいから。


「輝兄さんはロリコンですもんね」

「違うよ!?」

「確か、去年の今頃は……」

「やめて、俺の過去の性癖を暴露しないで」


 クスクスと笑う姫ちゃん。

 良かった。笑ってくれた。


 よし、頑張るとしましょうか。

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