#14
「弥白。学校はどうだ?」
「お父様。ご心配なさらずとも何もありませんよ」
「そうか」
大きめのダイニングテーブルに座るのは僕と、若白髪の男……僕の父親の二人だけだ。
夕食前のまるで業務連絡のような簡素な会話。これが我が家においての家族の会話である。
家の父は自慢とかじゃなく、事実として資産家である。だからと言ってその娘らしく厳しく育てられたかと言うと、そうでもない。
父は、普段は温和だが、仕事はきちんとこなし、何事にも興味を持ち、そして何をしてもソツなくこなす。
それはしっかりと僕にも遺伝していたようで、よく父の友人達などから、親子でそっくりだと言われてきた。
それが嫌かと聞かれると、まったくだ。寧ろありがたいと思う。大人からは可愛がられ、手のかからない子供だと褒められた。
だけど、それは多分、子供としてはあまり良い事じゃ無かったんだと今更になって感じている。
元より父は忙しい人だった。だからというのもあって、ほとんど放任されてきたのだ。
なら、非行に走ったかと言うとそうでもない。
僕は続けて賢く生きた。
仮面という程でもない。ただ、出来ることを出来る範囲でする。それだけで、僕は褒められ、頼られ、これまでやって来たんだ。
なのに、どうしてか最近は息苦しい。
寂しいと言い換えてもいいかもしれない。
正直、自分の感情を把握できないでいるのだ。
こんなことは初めてで、戸惑ってしまう。
「何か困った事があるなら、遠慮せずに言いなさい。男親が出来ることなんてそれくらいだ」
おや? 普段ならば、さっきの決まった問答で終わるはずが、今日に限って続きがあった。
どういう事だろうか。
「はい。ですが、困った事などありませんよ」
「……そうか」
もしかしたら僕の心の機微を見破ったのかもしれない。だけど、相談する程でもないし、そもそも自分でもよく分かっていない感情をどう説明しろと言うのか。
ニコリと微笑んで、今日の会話は終了にしようと試みる。
なのに、父はまた口を開いてきた。
「孫は……まだいいぞ」
「ぶふっ。な、何を!?」
何を、唐突に……!?
そもそも男女交際さえした事がないのに、ま、孫とはどういう事なのか。
「弥白が選んだのならば私は反対するつもりはない」
「い、いえ。そもそも僕に恋人はいません」
「ふむ。なら、片思いか」
「だから、僕にそんな関係になる予定の相手はいませんよ!?」
恋愛というのは僕にとって単語のひとつでしかない。
これは持論ではあるが、知る限り、恋慕というのは憧れ、尊敬の延長にある気持ちだと思っている。ならば、僕にそんな相手がいると思うかい? 答えはNOだ。
同年代に尊敬出来る人間なんているわけが無い。つまり、僕に恋人はいないし、これから作ろうとも思わない。
なので、父の言葉は全くの的外れ。どこからそんな勘違いをしたのやら。
「勘違いだったか?」
「はい」
「大江さんが、最近は目に見えて楽しそうに学校に行っていると聞いて、中居さんからはカフェで男子と談笑していたと聞いたのだが……」
「そそそそそそ、中居さん見てたんですか!?」
大江さんと中居さんは我が家の家事を受け持ってくれているハウスキーパーだ。俗に言うメイドさんである。二人して年齢不詳の綺麗な
その一人に逢坂君と会っていた所を見られたらしい。
ちなみに中居さんも大江さんも隣のキッチンルームで夕飯の用意をしてくれている。
こちらの声も聞こえているだろう。
案の定、二人の趣味であるメイド服(父は強制していない)を着た中居さんがやって来る。
「どうかしましたか? 弥白お嬢様」
「あの……そのだね。彼はただの後輩で」
「左様ですか」
「左様なのです」
「……お似合いでしたよ?」
「違うよ!?」
絶対に中居さんは勘違いしてる! ううん、中居さんだけじゃない。大江さんもだし……何より……。
「コホンッ。それで、どっちなのだ? 挨拶は……した方がいいか?」
「いりませんっ! 彼はただの後輩です」
「そうか……ほんとに」
「違います」
一体何だと言うのだろう。いつも冷静沈着な父らしくない。
もしかして、僕の事を気にかけてくれているのだろうか?
その時、父の携帯が鳴った。今の時代まだガラパゴスで連絡を取り合うのはなかなか珍しい方ではないかと思う。
しかし、中居さんも大江さんもガラパゴスなので、我が家では3対1で圧倒的にガラパゴスの方が多い。
「仕事だ。帰りは明後日になる」
「……はい。行ってらっしゃいお父様」
「ああ」
こんな事はよくある事だ。小さい頃は少しだけ寂しいと感じる事もあった気がするが、今はもう……。
何故だろうか。
少しだけ。
ほんの少しだけ……。
逢坂君に会いたいな。
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