#12
「うわぁぁぁ、お゛う゛さかぐぅーん! なんなのあの子ー。口悪いし、しかも色々鋭いよぉー」
「普段は関わった事のない人にはあんなに話し方はしないんですけどね。まぁ、落ち着いて下さいよ」
じゃないと、俺の制服が涙でびしょびしょになる。
弥白先輩は踊り場にたどり着くなり、抱きついてきてわんわん泣き始めた。もう、肩の辺りがすでに涙を吸収しまくりだ。
まぁ、役得と考えれば仕方ない代償である。
「それもこれも君がさっさと僕のお昼に付き合ってくれないからだぁ」
「いやいや、だって向こうが先約ですし。せめて約束くらいして下さいよ」
「知らない知らないー。僕の友達なんだからちゃんと僕にかまってー」
前も思ったのだけど、この人泣いたら微妙に幼児退行してない?
もう言ってる事が小学生か幼稚園児だ。
「はぁ……。わかりました。とりあえずさっさと食べましょう」
「うん。食べる」
泣き止んだ弥白先輩は壁に体を預けて床に座り、俺も隣に座る。この人、スカートの癖に体育座りなんてするもんだからうっかり前に座ると中身が見えかねない。
だから俺は欲望と理性で緊急会議をした結果、理性の勝利で隣に座る事にしたのだ。
しかし、弥白先輩は昼飯を食べると言っていたのに弁当箱を持っているようには見えない。
一度教室に戻っている時間は流石にもうないがどうするつもりなんだろうか。
教室に弁当を忘れてきた俺はもう諦めている。放課後に食べるつもりだ。あと、残ってるなら和華からだし巻き卵も貰う。
弥白先輩は制服のポケットをゴソゴソ。取り出したのは飲み口付きのパウチ。飲むゼリーとかを入れているあの容器だ。
「……もしかして、それが昼飯ですか?」
「うん。場所は取らないし、持ち運びに便利だからね。それに結構美味しい」
「そんなんでお腹減ったりしないんですか?」
「そうだねぇ。僕結構燃費が良くてね。朝ご飯をしっかり食べる代わりにお昼も晩も少しで済むんだ。あ、もちろん晩御飯はゼリーじゃないよ?」
当たり前だ。晩飯までゼリーとか言い出したらお節介に説教でもしかねない。
弥白先輩は蓋を開くと、飲み口を口に運んでチュウチュウ吸い出した。
「それ飲むだけなら俺いらないでしょうに」
「それとこれとは別だよ。誰かと一緒に食べるのが良いんだ」
果たしてそれを食べると表現して良いものか。
どう考えても飲んでんじゃん。
一分と経たずに飲み干してカラになったパウチを捻って小さくすると、「ごちそうさま」と手を合わせた。時間にして1分足らず。
「納得いかないって顔をしてるね」
「まぁ……。もし俺が弁当を持って来てたら、その時間、弥白先輩は食べ終わるのを待つだけじゃないですか」
「その間会話は出来るよ」
「別にそれは食べながらじゃなくても……」
口に出した手前、ちゃんと話も聞くし、友達として関わろうとは思う。
けど、弥白先輩のやり方は何となく歪だ。
「逢坂君の周りには友達がたくさんいるね」
「唐突ですね。そんなにいませんよ。というか、あのメンバーにプラス幼馴染みの男子が増えて俺の友達は全員です」
数にして4人。弥白先輩を入れても5人だ。
なんとも寂しい数字である。
まぁ、そこに文句は一つもないけど。
「僕は君一人だ」
「何度聞いても信じられないですね」
「僕も自分でそう思うよ。こんなに何でも出来るのに友達がいないなんて社会はどうなってるんだい?」
知らんがな。
「僕がこの前なんて言ったか覚えてる?」
この間というは先日のカフェで話した日のことだろう。
色々話したのだが、どれの事を言われているのか分からずに首を傾げる。
すると、隣から腕が伸びてきて体が引っ張られ、柔らかいものに包まれた。
抱き締められた事に気がつくのが少し遅れたのは、あまりの柔らかさといい匂いに頭がボーッとしたから。
この人のスキンシップは和華よりも近い。
しかし、そんなものはまだ甘い。
弥白先輩の本当の武器はこっち。
「僕はとっても貪欲なんだ。だからあの子達には悪いけど、君は、僕が、貰う」
耳元で囁かれ、ゾワゾワと耳から首辺りまで震えた。
茉莉の声が、爽やかで、花咲くと表現できるような声だとするならば、弥白先輩の声は絡みつくような、なのに触れられない気高い花のような声。
その声で囁かれるだけで脳がジーンと麻痺したようになる。
蠱惑的。その一言がまさにピッタリだ。
「俺は、そんな価値のある人間じゃないです」
「価値を決めるのは君じゃない。僕達であって、そして僕は君が欲しい。独り占めしたい」
これじゃあまるで愛の告白だ。男ならこんな台詞をまがりなりにも美少女と思える人に言われたのなら思わず彼女に身を預けてしまいかねない。
そして俺も混乱状態の頭で、今目の前にある桃源郷に堕ちようとした……その時。
俺の頭の中にある存在が生まれた。
三頭身のデフォ絵となった朱里だ。
『輝夜君っ! 正気に戻るのよ!』
朱里……。俺はもう……。もう、目の前の柔らかいおっぱいに包まれたいんだ!
『本当にそれでいいの? 輝夜君の最優先はエロゲをプレイする事だったんじゃないの? 惑わされてはいけないわ。三次元は移り変わりゆく……輝夜君を今誘惑しているおっぱいはやがてしわくちゃになっちゃうの。でも、
た、確かに! 俺はいったい何をしていたんだ。
俺はエロゲに魂を売った哀戦士じゃなかったのか? 恋人が欲しいのか? 違うだろ? 三次元で性欲を満たしたいか?
……満たしたい。
いや、脱線した。確かに興味はあるがまだ良い。今はまだ二次元を愛していたい。たくさんの出会いをしていたい。
だからこそ俺は恋人なんてと豪語していたのだ。
それを最近、女の子と接するようになってからというもの……軟弱過ぎる。
しまいには弥白先輩の誘惑に屈しようとするなんて。
『気がついたようね輝夜君。そう、あなたは孤独な哀戦士。いいえ、二次に愛を捧げる愛戦士なんだよっ!』
朱里っ!
『違うわ。私は輝夜君の本能が生み出したエロゲの精霊よ』
な、なんだってー!?
『友達も大切よ。でもね、輝夜君。あなたの最優先を忘れちゃ駄目。もし、忘れそうになったら胸に手を当てて?』
胸に?
『そうだよ。そこには私が……いいえ、私たちがいるから!』
はっ! 今までプレイしてきたゲームのヒロイン達が!
そうか、俺には……。
「弥白先輩」
「ん? 何かな?」
「ごめんなさい。俺にはまだ帰れる場所があるんだ。こんな嬉しいことはない。分かってくれるよね? 弥白先輩にはいつでも会いに行けるから……」
「へっ? ちょっと、え? いや、意味が分からないよ。ちょっ、えぇ!? 待ってよー!」
俺は一目散に走り出した。そう、俺には待ってくれている人達がいる。
そう、まだまだたくさんのエロゲが俺を待っている!
「ぐぇ」
「逃がさないって」
弥白先輩、普通に足速いっすね。俺の鈍足じゃすぐに捕まりますわー。
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