#9
「はい、そこに座って。あ、正座」
「ういっす」
俺は今、踊り場の冷たい床に正座させられている。
和華と一緒に教室に入るや、その和華と一緒に七家さんに捕まって踊り場まで連行されたのだ。
尚、正座させられたのは当然俺だけである。
「輝夜君。私は怒ってます。分かるよね?」
「はい」
「昨日は避けまくってくれたよね。ふふっ、朝の事聞きたかったのに、昼休みも放課後もいない。メールも見ない。電話をしたら『電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為かかりません』って言われる私の昨日の気持ち……考えてくれるよねぇ?」
「申し訳ありませんでした」
ビバ土下座。
いや、マジでごめんなさいです。確かに放課後は生徒会室に入る前に電源を切っておいた。
5分毎に届くメールが色んな意味で怖くて生徒会室で無言で落とした俺の気持ちもちょっと汲んでほしい気もするけど、一番最初の原因が自分にあるので、言い訳はしないでおく。
「ちょっと引くくらい完璧な土下座だね……。むぅぅ、本人は反省してるし、一番の被害者だった和華ちゃんが……」
七家さんが視線を和華の方へと向けると、そこには手をワタワタさせて七家さんを宥めようとする和華の姿が。
君、不良設定どこにやったの? まじ可愛すぎない?
こう、目付きの鋭い美人が慌ててたりする姿ってここまで萌えるのな。
「ま、茉莉。アタシからも謝るから許してやってくれないか……?」
「あー、もうっ! 可愛いよぉ。可愛すぎるよぉ。お家に連れて帰りたいー!」
俺の事そっちのけで七家さんは和華に抱きつきにかかった。まぁ、気持ちは分かる。
あと、やっぱり何度見ても色の違う可愛さを持つ二人が抱き合ってると絵になるなぁ。
これは、薄い本も捗りそうです。
残念ながら俺は絵は描けないけど。
「なんでいきなり抱きついて……って、また、お泊まりすんのか?」
「うんうん。するよー。またしよー?」
「お、おう……する」
照れてる和華。恥じらって「……する」なんて陸斗が聞いたら即死レベルの火力だ。
ん? 俺か? もちろん致死レベルです。
もう、未練とかあっても分かんねぇわ。今この瞬間だけはここが
「輝夜っ! 鼻血、鼻血出てるって」
「わわっ、輝夜君の目が芸術品を慈しむような目に……」
男にとって百合とロリは愛でるもの。つまり、芸術やでぇ。
百合漫画に出てくるチャラ男は軒並み死ねばよろしい。
「輝夜君、輝夜君」
「はっ! 何でしょう?」
意識を楽園から戻すと、和華に抱きついたままの七家さんがニコリと微笑んだ。
えっ? なんか怖い。
「一応、罰はないとね」
「うっ。な、何をすれば……」
「じゃあねー。そろそろ私の事を茉莉って呼ぼうね?」
「…………はい」
多分、人によってこれはご褒美だ。ただ、今まで苗字で呼んでいた相手を名前呼びするというのは俺にはなかなかにハードルが高く、実は既に何度も名前で呼ぶように言われていたのだが、何かと理由をつけて断っていた。
和華の場合は出会った日には名前呼びだったのでもう慣れてしまったが、七家さんの場合は反対に今まで苗字呼びだったのが足枷になっていると言ってもいい。
まぁ、それも今日までだ。
本当ならもっと非難されて然るべきな所を、そんな事で手打ちにしてくれると言ってくれているのだから、断るなんてありえないだろう。
「ありがとう茉莉さん」
「さん?」
「……茉莉」
「よろしい。うん、これで仲直りだねー。という事で放課後は市姫ちゃんや寧々音ちゃん、それに黒岩君も呼んで皆で遊びに行こう!」
グッと親指を立てるなな……じゃなくて茉莉。皆と遊びに行くなんてそんな楽しそうなイベントを逃すなんて馬鹿だと思う。陸斗なんてきっと小躍りするだろう。
でも、俺はそんな馬鹿にならないといけない。
「あっ、ごめん。今日は……ある人に会わないと行けないんだ」
「そうなの?」
「うん。ちょっと世話になったというか……」
まぁ、色んな意味でお世話になった。
正直彼女が何をしたかったのか、謎に包まれたままだけど、報告はちゃんとした方が良いだろう。
放課後、今日は生徒会があるのでその後でならと連絡を貰い、待ち合わせに先月姫ちゃんと行ったオープンして間もない駅前のカフェを選んだ。
ここは、内装も値段も大人向きで、学生はほとんど寄り付かない。
だから人目をはばかってこっそり会うにはうってつけだろうと思ったのだ。
入店した俺は後から連れが来るとだけ店員さんに伝えて二人席きに座った。
一人でカフェというのは緊張度も増すもので、前に姫ちゃんと来た時とは違う意味でソワソワする。それでもなるべく落ち着こうと俺は頼んだコーヒーが運ばれるや、ゆっくりと口に注いだ。
弥白先輩が言うには、今日は各部活動の報告会のようなもので、体験入部期間が終了した一年生がどれだけ正式入部したかを確認するのが目的らしい。そんなに時間はかからないとのことで、俺は先に待ち合わせ場所に先にやって来たというわけだ。
ちなみに、寧々音と姫ちゃんは体験入部で料理部とやらに参加していたと聞いている。
まぁ、どうせ食べてばっかりだったのだろう事は容易に想像出来てしまう。
寧々音の料理? のレパートリーなんてねるねか、納豆か、水飴くらいのものだ。
まぁ、それは言い過ぎにしても寧々音がまともに料理をしている所なんて見たことが無い。留守番をしていても料理をするのは俺の方。その癖、俺の料理にはやたらと文句を言いやがる。
一日三食全部炒飯で何が悪い。
それから三十分くらいしてからカランコロンと鳴るドアベルと共に待ち人がやって来た。
「やぁ、待たせてごめんね」
「いえ、こっちから突然呼び出したので。それにしても本当に早かったですね」
「まぁね。うちの高校それ程部活に力入れているわけじゃないからね。集計だけとって、そこから別の日に僕達生徒会が部費を計算。それを先生に渡すだけさ」
なるほど。確かに峰ヶ浦高校の部活で何か目のつくものはない。かと言って偏差値が低いわけじゃないが、進学校でもないから何とも全体的に平均的でこれと言って自慢できるものがない面白みのない高校だ。
しかし、それで何か困る事もなくて、別に気にした事もない。
「けど、アレだね。とってもドキドキしちゃうよ」
「ドキドキ?」
もしかしてデートと思ってくれているとか? 確かに男女で放課後にカフェなんてなかなか洒落た放課後デートだ。
言われるとなんだか俺もドキドキしてきた。
「僕、今まで寄り道ってした事ないんだ。あぁ、悪い事してる感じでドキドキするね」
「…………」
そんな奴が現実にいるとは。というか、とんだ勘違いで恥ずかしい。
この人の言い回しは勘違いしやすいのだ。本当にやめて欲しい。これだから魔女だと言われるんだよ。俺に。
……さっさと本題に入らないとグダグダになっちゃいそうだ。
「弥白先輩。俺、治りました」
「うん。だろうね。君の目から感じられた怯えがなくなってる」
「そんなん分かるんですか……?」
「僕の趣味は人間観察だからね。はぁ……それにしても残念だ。これで僕はまたおも……面白い人を失ってしまう」
また玩具って言おうとしたよね?
しかも言い直しても面白い人ってそれ褒めてんのか貶してんのか分かんねぇんですけど。
「俺一人いなくなった所で弥白先輩の周りには沢山人がいるでしょうが」
「ふふっ。そう、見えるかい?」
「なんか含みのある言い方ですね。普通に見えますよ。だって弥白先輩は何でも出来て、生徒会長なんだから。たまに廊下とかで見かけても大体誰かと一緒にいますよね?」
正直こんなにくだけた人なのは驚きだが、それを含めて魅力的な人だとは思う。
その人気からも弥白先輩の周りにはいつも誰かがいるイメージがある。
「そうだね。僕は人気者だから」
やっぱり自慢かよ。
ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべる。しかし、すぐに悲しげな顔をして呟いた。
「でも、友達は一人もいない」
「は?」
「何でも出来るから、人気だから、僕はね、一人なんだ」
なんだそれ。また俺の反応を見て楽しんでいる……という雰囲気ではないな。
「ううむ。人気者には人気者の悩みがあるんですね。同情します」
「同情するなら友をくれ!」
「俺の友達はあげられません」
「即答……」
何とも古いネタをぶっ込んでくれる。
弥白先輩は机に突っ伏して不服そうだ。
「じゃあ、逢坂君、友達になって」
さらにプクーとフグのように頬を膨らませたかと思えばそんな事を言ってくる。
そしてこの時、俺はすっかり忘れてしまっていた。
彼女が俺に呪いをかけた魔女である事を。
「まぁ、友達……話し相手くらいにならなりますよ。俺でよければですけど」
その瞬間、背筋がゾワっとした。
まるで何かに魅入られたような。
いや、何に魅入られたかなんて、そんなものは目の前を見れば分かる。
弥白先輩の口角が上がり、ニヤリとした笑みを浮かべていた。
「ふふっ、ありがとう。ところで逢坂君。僕は一つ言っておかないといけない事があるのを忘れていたよ。……僕はね? とっても貪欲なんだ」
ペロリと小さく舌が唇をなぞった。迂闊にも俺はその艶かしい仕草に見惚れてしまう。
どうやら、俺は魔女に魅入られたらしい。
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