#7
「ただいまー」
弥白先輩の自称カウンセリングでは何の進歩も無く、寧ろ問題を増やして俺は家に帰ってきた。
時間はだいぶと遅くなってしまったが、普段より遅くなったというだけで、まだ六時前だ。
門限が決められている訳では無いが、基本的に夕食が大体七時半からなので七時前までに帰って来るようにしている。うちでは家族揃っての夕食が普通だからだ。というか、そうしないと母さんが拗ねる。
もう若くないのに頬を膨らませてぷんすかと可愛らしく拗ねる。歳を考えろと言いたいが、俺も、寧々音も、親父も、ついでに雫姉ちゃんもそんな母さんに弱いのでちゃんと言うことを聞く。
特に親父は母さんをいい歳こいてママンなどと呼ぶくらいには愛しているので絶対に頭が上がらない。
それはともかく、リビングに入ると母さんがキッチンから「おかえりなさーい」と返してくれた。
ふむ。匂いからして今日はシチューのようだ。ところで、昨日と一昨日がカレーだった話する?
まぁ、いい。どっちも嫌いじゃないので文句は言わないでおこう。
視線をキッチンからソファへと移すと、そこにはジト目でこちらを見つめる妹の姿があった。
「た、ただいま」
「おかえりだぞ」
「えっと……」
「寧々の部屋」
寧々音はそれだけ言うと、リビングから出ていった。階段を上っていく音が聞こえてきて、多分自分の部屋に向かったのだろう。
そして、寧々音が伝えたかったのは俺に部屋に来いという物で間違いないと思う。弥白先輩といい、短く場所を指定するのが流行ってるのか?
少しばかり憂鬱な気分になりながらも俺は覚悟を決めて寧々音の部屋をノックした。
普段はノックなんてせずに一声だけ掛けて入るのだが、今日はちゃんとしておこう。
返事はなかったが、それはいつもの事なので、俺も無言で扉を開けて部屋に入る。
寧々音は自分のベッドの上に寝転がっていた。
「まぁ、そこに座るが良い」
「ういっす」
偉そうに指で絨毯の上を指してきたので、そこに大人しく座る。多分説教だろう。甘んじで受けようと思う。
「今日、和華と一緒に帰った」
うぐぅ。そりゃ、そうなるか。
何気に寧々音は和華を気に入っている。恐らく帰り道で偶然会ったのだろう。
「どうだった……?」
「凄いへこんでた。ずっと泣きそうなのを我慢してて、見てるこっちまで泣きそうだったぞ。市姫なんてオロオロしっぱなしで……それはそれで面白かったが」
それは面白がっちゃ駄目な奴だろう。
しかし、そうか。俺が傷つくのが怖くて逃げた結果、和華は傷ついた。
いや違うな。傷ついているのだ。現在進行形で。でも、今和華と話せばきっとさらに傷つける。
「寧々は和華が好きだぞ。だからできる範囲でなら味方してやりたい。市姫だって状況が分からずに困っている。それにさっき茉莉先輩から輝兄を心配する連絡があった」
七家さんまで……。
そんなに迷惑かけちまってるのか。
「すまない」
「寧々に謝られても困るぞ」
「寧々音にも、迷惑かけてる」
「ふむ。じゃあその謝罪は受け取っておくぞ」
許してくれるっぽい。ただ、これは他の面々には自分で話せという事なのだろう。
でもなんて話せばいい? 怖くてお前らとは話せない? 馬鹿か。
「まぁ、なんだ。輝兄は単純な癖に色々と考えたがる」
「お、おう?」
突然ディスられた? そう思ったら寧々音がベッドから這ってこちらに近づいてきた。ちょっと某呪いのビデオのホラー映画みたいで怖いぞ。
「でも、それも含めて輝兄だ。遠回りするのが好きならそうすればいいと思う。市姫も、和華も、茉莉先輩も、友達だから味方する。でも、不本意ながら輝兄は家族だ」
「おい不本意ってなんだ」
いつものノリでツッコンでしまったが、それを無視して寧々音はさらに近づき、俺の膝の上に頭を置いてきた、そして手を伸ばして俺の頬を撫でる。
「家族だから。輝兄の一番の味方なんだぞ」
「寧々音……」
「ゆっくり歩こう。寧々も輝兄も早くは走れない。それは家族だからよく分かってるだろう?」
「あぁ、そうだな。走るは苦手だ」
「何か手伝える事があるなら、言うんだぞ」
「うん。ありがとう」
頬に触れていた寧々音の手を握る。
温かい。
「いきなりなんだ? 寧々の玉のようなツヤツヤな手を握りしめて」
「壊れないなぁって」
「意味不明」
怪訝な表情をしても、手を振り払ったりはしないのな。本当にありがとな。
「……皆に謝るよ」
「うむ。一緒に行こうか?」
「子供じゃないんだから」
「そうか」
子供じゃないけど……まぁ、寧々音には勇気もらっちゃったな。
ちゃんと向き合って、こんな状態異常さっさと解いて元通りにしてやる。
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