#6
「改めまして、僕の名前は江戸弥白。生徒会長をしているよ。趣味は人間観察だね」
「それ意気揚々と紹介する趣味じゃねーでしょう」
場所は変わらず生徒会室で、ただ座る位置を変えて机を挟んで対面に座った俺達は、仲良くなる為の一環として自己紹介を始めた。
仲良くなる為には相手の事を知る事から。その相手を知るという行為が、今の俺の人間不信のような状態を好転させてくれるとか何とか説明されたが、俺は疑っている。
しかし、特に拒む理由も見つからず、自己紹介をする事になったが、人間観察って普通に趣味悪いよな。
「次は君の番」
「逢坂輝夜です。趣味はエロゲです」
「君、僕より酷くない?」
「好きな物を好きと言って何が悪いんです」
意味なんて特にないが、ふんぞり返って言う。ただ、こんな俺を格好いいって言ってくれた人がいる。
だからもう隠したりするのはやめたいと思う。
「いやぁ、そこまではっきり言うと清々しいね。ま、顔真っ赤だけど」
「嘘!?」
恥ずかしいっ!
「嘘だよ」
「嘘かよ! 慌て損したわ!」
「ふふっ、凄い事だと思うけど。慌てると言うことは意識してしまっているからだろう? 君の信念なら僕は止めはしないけど……もう少し柔軟に考えてもいいんじゃないかな?」
弥白先輩は馬鹿にするでも無く、諭すように言ってきた。
それは……その通りだと思う。
俺だって今まではそうしてきた。目立たないように当たり障りのない言葉を探ったりもしていた。今だってグラウンドでエロゲが好きだと叫べと言われたら拒否するし、クラスで自己紹介しろって言われても多分、濁す。
……信念とは違うと思う。
「強いて言うなら……ただの格好つけです」
「格好つけ? ……あの、言っても……?」
「分かってます! 格好良くはない。エロゲが好きなんて格好良いわけがないのは重々承知ですよ。だからこれはある特定の人物への格好つけなんですよ」
俺を見て自分の好きな物を好きって言うことにしてくれたのに、その俺が格好つけ続けないとか、そんなのは嘘だろ。
だから本当にしょうもない格好つけを俺は続けるんだ。
「む。それは……恋人……とかかな?」
「違います。友達です」
「ふーん。へー。ほー」
「なんですか? 言いたいことがあるなら口に出して」
「何でもないよー?」
それ絶対なんかある時の話し方だよな。ほんと、何考えてるか分からない人だな。
「よし、次の話題にしよう。君からとても不愉快なリア充の臭いがするっ!」
「そんな馬鹿な!?」
俺がリア充なんてそんな事があるはず……。
いや、待てよ? リア充筆頭だった七家そんと仲良くなり、ボッチ仲間だったとは言え色々と目立つ和華と友達になった。
まさか……俺のリアルは充実している?
「まぁ、今ではそのお友達とまともに話もできないわけだけどね?」
「誰のせいだよ」
「僕だねっ!」
「先輩だけど叩いていい?」
「ぼ、僕はメンタルだけじゃなくて装甲も豆腐だぞ!? お父様に叩かれた事ないんだからな!」
ひいっと怯えたように頭を手で隠す。
くそっ、ちょっと可愛いと思ってしまった俺がいる。誰か俺を殴れ。
「ってか、お父様って……」
「やっぱり変かな? でも僕、結構いい所のお嬢様だからね」
「うん、知ってる。弥白先輩有名人だし」
「あはははっ。どやぁ」
うっぜ。やっぱり一撃くらい許される気がする。
「まさかこんな変な人だとは思わなかったですけどね」
「そりゃ、普段は超優等生で通しているからね」
「出来れば俺の前でもその超優等生であって欲しかったです」
「逢坂君にはやしまの事バレちゃったからなぁ」
これっぽっちも問題にしていないかのような軽い雰囲気な上に、俺の反応を見ているのだろうニヤニヤ顔。
「俺だって、やしまの中身がこんなのだなんて知りたくなかったですよ……」
「……うん。ごめんね」
「ちょっ、はぁ? やめてくださいよ豆腐メンタルは! 今のは売り言葉に買い言葉ですよ!」
突然しおらしく謝られたら俺の立場が悪くなる。完全に悪役ではないか。
「あははっ、そうだよね。うん、分かってる。分かってるよ……」
どこに地雷があったのか全く分からないが、確実にさっきよりテンションが下がっている弥白先輩。
さっきまでの豆腐メンタルとかそんな話じゃなくて、江戸弥白という人物の本質的な、何か触れてはいけない物に触れてしまったようなそんな感覚。
罪悪感が心に陰を落とし、再び相手の心に触れるという恐怖のような物が襲ってきた。
逃げ出したい。あの目が、声が、俺を咎める。
……違う。
その目も。声も。今目の間にあるんだ。
踏み込めば……俺は元に……戻れる?
「弥白先輩は……」
「な、何かな?」
驚くような声では話しかけていないのに、ビクッと顔を強ばらせる弥白先輩。何かに怯えているような。
「何でも……ないです」
垣間見えた、まるで壊れやすい陶器や硝子のような彼女の心に踏み込む事なんて、今の俺には到底出来るはずがなかった。
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