#4

 数日が経った。

 生徒会長とは関わりたくない。しかし、山吹やしまが『嫁』である事には変わらず、既に5週目になる『Reフレイン』をプレイしていた。


 数時間で終わってしまう同人ゲームの『Reフレイン』はノベルゲームなので、選択肢はほとんどない。そもそも登場人物が主人公と、やしま、後は数名の声も当てられていないようなモブだけだ。

 つまり、声があるのはやしまだけ。


 そのやしまは……生徒会長の声。


「ってまただ。なんでそうなる」


 これはやっちゃいけないことだ。声優ってのは命を吹き込む仕事と誰かが言っていた。

 確かにそうだろう。だが、声がなくたってそのキャラは生きている。


 とある有名作品の主人公は仮想空間と現実の違いは情報量だけと話していた。

 多分これが俺にとっての答えだ。


 二次元と三次元の違い。

 んでもって小説とアニメなんかの違い。

 同じキャラでもアニメは小説より情報量が増される。だからより『生きている』と感じられるのだ。

 アニメより原作が好きって場合も、原作独特の表現、生まれたままの姿が好きってだけの話だ。別にエロい意味じゃないからな。


 つまり、声はキャラの構成要素であって、本質ではないと言いたい。まぁ、ただの持論だから他人に押し付けるつもりはないけど。


 しかし、一度考えてしまったものは中々頭から抜けず、画面の中のやしまでさえ会長に見えてくる。というか、ゲームをすればする程、何故かやしまと会長が重なっていくように思えてしまうのだ。

 俺は黙ってPCの電源を落とした。


「圧倒的苦手意識。無理。やしまは嫁だが、会長は怖い」


 ゲームをしていてもあの顔が、あの目が、チラチラと脳裏を過ぎるのだ。

 今まで誰かを苦手と感じる事は少なかった。というか無かった気がする。絡んできたリア充共だってウザイと思っても苦手という意識は無かったと思う。


「もう、寝よ。さっさと忘れてしまおう」


 しかし、その日見た夢には会長が出てきた。


 寝ても醒めても会長のことばかり。もしや……これは……。


 違う。これは呪い。


 夢の内容はとびっきりの悪夢だ。和華、陸斗、姫ちゃん、寧々音、そして七家さん。皆が仲良く話しているのに俺だけ蚊帳の外。近づいて触れると、触れた相手が砂になって消えていく。

 そんな夢が連日続いた。

 学校ではなるべく思い出さないようにしていたが、その夢は、呪いは、俺を蝕み……土日の休みを挟んで……等々、友人達との接し方が分からなくなった。


「輝夜、朝から元気ないな。ほら、元気出してけ」

「あ、ああ。うん。悪い」


 通学路で和華からバシバシと背中を叩かれる。

 距離が近い。いつもの事だ。なのにそれが何故か……怖い。


 相手に踏み込むのが、踏み込まれるのが怖いと感じてしまっているのか俺は。


「なんだー夜更かしか? 茉莉が言ってたぞ。夜更かしはお肌にも髪にも悪いんだーって

「あぁ」

「あ、アタシはよく寝るからさっ! ほら、撫でていいんだぜ?」

「今は、いい」


 そんな事をしたら壊れてしまう。

 壊れて? そんなわけがないだろう。和華は人間だぞ……。


「……楽しく……ない?」

「えっ?」


 隣を見ると、和華が顔を歪めていた。泣きそうで、縋るような顔だ。


「アタシと一緒にいるのは楽しくないか? た、確かに最近はちょっと離れてたかもしれないけどっ! アタシの一番は……」


 なんだこれ。どうしてそんな悲しそうな顔してんだよ。俺か? 俺がさせたのか?

 嫌だ。怖い。


 これ以上、ここに居たくない。


「ごめん。俺先に行く」

「ちょっ、輝夜! なんで……」


 なんだこれ。なんだこれ。

 後ろで和華が追いかけてくる気配がしたが、すぐに足が止まったようだった。


 でも、俺の足は止まることはない。

 学校なんてすぐそこだ。走れば数分で着く。なのに俺は全力で走る。

 校門前で寧々音と姫ちゃんが見えた。

 俺は走るのが嫌いだ。というか、運動全般がそんなに好きじゃない。動けないわけじゃないけど体を動かするのがそんなに好きじゃないのだ。

 それは寧々音も一緒で、もちろん二人は俺が普段通りなら走るなんてありえない事を知っている。


「あ、輝兄さん。走るなんて珍しい……」

「ん? 本当だ。和華はどうしたんだ? お、おい。何を急いで……走るなんて輝兄らしくない……輝……兄?」


 寧々音の戸惑った声さえも無視し、走る。和華とは後で教室で会うし、寧々音なんて家に帰れば顔を合わせる。

 なのに今は誰の声も聞きたくないと逃げた。後でどんな顔をして合えばいいか分からない。


 次に気がついた時には昼休みで、また踊り場へと足を運んでいた。

 教室じゃ和華も、多分和華から話を聞いたのであろう七家さんも俺に話し掛けることはなく、遠巻きに見てくるだけだった。

 今はその方が良い。一人にしてくれ。


「やぁ、また会ったね」

「会長……」


 踊り場にはまるで待ち構えるように会長が立っていた。


「さて、どうかな? 僕が君にかけた『呪い』は」

「ッ!」


 呪い!? ファンタジーじゃあるまい。そんな馬鹿な事が……。

 でも、俺の情緒が不安定なのは事実だ。


「なんてね。冗談だよ。まぁ、あながち冗談とも言えないんだけど」

「俺に、何をしたんですか?」

「何も難しい事はしていない。僕は単にきっかけを作っただけだ。自分への疑心とでもいうべきかな? そんなものだ。気にしない人は気にしない。けど、君は気にした。さて、一体どんな状態になっているのか聞かせてくれないかな?」


 会長は階段に座ると、隣をポンポンと叩いて俺を誘った。

 関わらないと言ったし、俺はこの人が苦手だ。何より、この人に話していいのか? 俺に呪いをかけた張本人だぞ。


 でも、俺は藁をも掴む気持ちで会長の隣に座った。

 俺、アホだ。知ってたけど。


「友達と上手く話せない」

「ああ、なるほどね。それは大変だ。僕の言った人の心にズケズケと入ってくるという言葉が呪いになったんだね」

「多分そうです。和華……友達と話そうとすると、相手に嫌われるのが怖くなって、それで逃げた」


 もっと言うと、話そうとすると会長の目が見える気がするのだ。でも、流石にそれは失礼かと思ってあえて言わないでおく。


「今まで気にしていなかった事が気になるという事だね。君は小心者なんだなぁ」

「うぐっ」


 その通りだと思うけど、面と向かって、それもほとんど関わりを持たない人に言われるとグサリとくる。

 というか、この人の言葉は一々図星というか、気にしたくはないが、耳に残るのだ。


 多分、そんな声をしているんだ。洗脳とか上手そうだ。


「そもそも会長が……」

「人のせいにするのは良くないね」

「うぅ……すいません」

「ふふふっ、冗談だ。僕のせいだ。だから何とかしよう」


 軽く握った手を口に当てて笑う会長。何だか手玉に取られているようだが、その姿が絵になって、やはりこの人は綺麗だと思う。


「何とかって?」

「ズバリ君は人間不信になってしまったわけだ」

「人間不信……」


 自分がまさかそれになるとは思っていなかったからか、言われて初めてそうかもしれないと気がついた。


 気がつくと理由を探すのは難しくない。

 騒がしく楽しかった友人関係が、突然薄れてきた……まぁ、これに関しては俺の被害妄想とも言えるが、それでもやっぱり寂しいって気持ちは感じていたんだ。

 それだけ俺にとって皆が大切に思えていたということで、それはきっと裏を返せば絶対に嫌われたくない相手という事でもある。


 そこに、会長の言葉が突き刺さった。


 俺の言葉が相手を傷つけるかもしれないという恐怖が芽生え、俺は人間不信になったんだ。

 うん、頭では理解出来る。


「でも、会長。なら俺はそれを理解した上で皆と接すればいいんじゃないか?」

「あのね君。トラウマという言葉知っているね? PTSD、心的外傷後ストレス障害という病気だ。心的……つまり心の病だ。頭でどうこうじゃないんだよ。君のここが恐怖しているんだ」


 トンと胸を指で指される。


「まぁ、試したいならどうぞ。僕は止めないよ。ただ、話を聞く限り、今の君ではまともな会話が出来るとは思わないけどね」

「それは……その通りだと思います」

「うん。じゃあ君の心の治療だけど……おっと予鈴だ。連絡を交換しようか。放課後にまた会おう」


 予鈴のチャイムが鳴り、会長は立ち上がってポケットから携帯を取り出した。

 俺も倣って携帯を取り出して、取り急ぎ電話番号だけ交換すると、突然、会長がぷっ、と吹き出し、俺は怪訝な表情を向ける。


「いやぁ、うっかりだ。僕は君の名前を知らないよ」

「あ、俺は逢坂輝夜です」

「そうか。逢坂君だね。よろしく」


 そう言って握手を求めているのであろう手を差し出してきた。

 俺はそれを見て、口をへの字に曲げる。


「どうしたんだい? これから僕と逢坂君は協力関係なわけだから良好な関係を結びたいんだが?」

「いや、こういうのは何なんですけど……あんまよろしくしたくないなーって」


 何となくこの人には本音で話してもいい気がしてそう言ってしまった。

 それから数秒間、会長は固まり、やっぱりまずかったかと不安に思うと、突如腹を抱えて笑い出した。


「あはははっ! なるほどなるほど。君は心を開いた相手にはそんなに素直になれるんだ。いやぁ、面白い。君いいね。うん、特別に僕の事を名前、弥白と呼ぶ事を許してあげよう」

「いや、何様ですかアンタ。ってか心なんて開いてないです」

「あははっ! いい、本当に良い。じゃあ、やしろって呼んでも……いいけど?」


 そっと耳元で、やしまの声で囁かれた。耳から頭へ言葉が送られて、何だかそれだけで頭がフワッとする。

 まるで混乱の魔法をかけられたみたいだ。


 そう、この人の声は魔法。それも飛びっきりの黒魔術の類。人を惹きつけ、惑わせるソレだ。


「まぁ、呼び方は君の好きにしてくれ」


 立ち尽くす俺を放って会長、弥白先輩は階段を駆け下りていった。江戸先輩というのはちょっと語呂的に言い難い。

 あと、生徒会長が階段を駆け下りるなよ。

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