状態異常にかかってしまうとは情けない

#1

「輝夜君? おーい、輝夜君。返事がない。ただの屍のようだ……」

「…………」

「なんか反応してよぉー! かーぐーやーくーん!」


 突然大地震でも起きたのかと思うような揺れで体が左右に振られる。特に頭は激しく、ガクンガクンと視界があちこちに飛んで酔いそうだ。

 それで気がついた。これ、肩を掴まれて揺すられているらしい。


「や、やめ……」

「あ、気がついた」


 揺れが収まり、やっと俺を揺らしていた犯人の顔をまともに捉えることができた。


 くりっとした目に、まるで人形のように整った輪郭。今は日本人らしい純黒髪をポニーテールに結っていて、俺好みだ。

 誰が何と言おうと、ハ〇ヒはポニテが一番似合っていると思う。異論はあってもいいが、俺は受け付けない。


 彼女の名前は七家茉莉。俺のクラスメイトで、驚く事に現役女子高生声優なのだ。

 実際にはそれ以外の仕事もしているが、今のところメインキャラを演じたのがエロゲのキャラだけという話だ。きっとそのうち凄い声優になるに違いない。

 と、俺は思うくらいその声が好きだ。大好きだ。


 そんな彼女と俺は友達だが、今はそれだけの関係ではない。

 七家さんの声優としての特訓の協力者なのだ。ただ、普通の声優としての勉強は養成所で行っているので、俺と行うのはエロゲのエロシーンに使われる、喘ぎ声なんかの特訓をしている。もちろんエロい事はしていないぞ。際どかった事はあったが。

 一度はその関係も終わり、距離も離れた俺達だったが、それから友達になり、今回また七家さんの要望で特訓の協力しているわけである。俺が役に立っているかはさておき、七家さんが声優としての能力を高めているのは確実だ。


「もう、この間から変だよ? 学校でもずっと心ここに在らずって感じだし。和華ちゃんも心配してたよ?」

「まじで? そんなに?」


 今は平日の夕方で、場所は七家さんの自宅マンションだ。防音がしっかりされているらしく、特訓にはうってつけらしい。


 そして、平日なのでもちろん学校にも行ってきたわけだが、どうやらもう一人の友達、和華にも心配をかけていたようだ。


「理由は何? 相談乗るよ?」

「ふむ」


 俺の様子がおかしい理由は自分でも分かっている。


「実はな……恋を……しているんだ」


 ポツリと打ち明けた。すると七家さんは金魚のように口をパクパク動かせて、よく見ると、目も焦点が合わずぐるぐるしている。

 大丈夫かこの人。


「はぁ!? ちょっ、えっ? はぁ!?」

「そんなに驚かなくても」

「いや、驚くよ! えぇっ、誰!? 誰なの!? 和華ちゃん!? それともたまに一緒にいる一年生の子!? それとも……もしかして……」

「なんでそんなに頬染めてんの。どれも違うよ。俺が恋をしたのは……」

「恋をしたのは……?」


 七家さんからゴクリと生唾を飲む音がした。そんなに気になるのかね。


「この子」


 携帯を取り出して、ホーム画面を見せる。

 そこには俺が今熱烈に恋している女の子が映し出されていた。


「…………は?」

「やしまたそ」

「やしま……たそ?」


 目を点にして画面を見つめる七家さん。もしかしてこの子を知らないのか?

 今ネットで超盛り上がってる、山吹やしまを。


「知らない? 今話題の制作者不明の同人ゲーで、その中に出てくる幽霊少女」

「……知らない」


 知らないのかー。でもどうしたんだろう? さっきの勢いとかが全部無くなって意気消沈しちゃってんの。

 もしかして最近の流行を見逃していた事が悔しかったのかな?


「じゃあ、教えてあげよう。というか語らせて」

「どうぞ……」

「ゲームのタイトルは『Reフレイン』。主人公が幽霊少女を成仏させてあげる系のありがちなストーリーだったんだけど、まぁ、その内容がやばい」


 主人公は学校じゃ誰もが知る人気者なのに、本当に心を許せる友達がいないという設定の男子高校生だ。

 要領がよく、なんでもソツなくこなす。だから頼られる。しかし、それがさらに彼を一人にさせて行く。


 そんな時、主人公は一人の幽霊少女と出会う。

 明るい髪をした、快活で、思った事をすぐに口にする女の子、山吹やしま。

 彼女は成仏がしたかった。でも出来ずにいた。

 だから主人公は色んな方法で彼女を成仏させてあげようと動く。

『Reフレイン』はその三日を描いたノベルゲームだった。


「ゲームの始まりは主人公の心理描写が多くて、結構鬱々とした感じ何だよね。俺的に鬱系はあんまり好きじゃないからその時は俺も顔をしかめたんだけど……何でかな? 何故かゲームをやめようとは思わなかった。多分、その時点で惹き込まれていた」

「でも、それってエロゲなんだよね?」


 七家さんが首を捻る。確かに俺の説明だと純愛物のノベルゲームとしか思えない。


「一応、最終日の夜にあるんだけどね。まぁ、七家さんの言う通り、結構この作品は物議を醸していて……」


 本来、この作品にエロ要素はいらない。

 寧ろ飾りでしか無くて、抜き目的のプレイヤーにはまず好まれないだろう。

 決して、そのシーンが駄目なわけではない。作品をぶち壊すものでもない。

 ただ、それ以上に作品の本質のようなものがエロゲとは何か違った。


「へぇ。でもそれってシナリオがめちゃくちゃ凄いって事だよね? それで、どうして輝夜君はヒロインに恋しちゃってるの?」

「あぁ、シナリオはとにかく色々言われてんだけどさ。でも、満場一致でやしまたそは名ヒロインだと誰もが認めているんだ」


 まるで男の夢を具現化したかのような女の子で、容姿、性格、そして声。どれをとっても心を惹き付けてやまない。

 確かに好みはある。ロリやお姉さん体型なんかを好きな奴はいるだろう。それに対してやしまは標準といわざるを得ない。だが、それが何故かハマるのだ。

 だから恋をしているのは俺だけじゃ無いはずだ。

 昨日だってやしろたそは俺の嫁戦争が勃発して、掲示板は荒れに荒れた。もちろん俺も参戦したよ。


「そ、そうなんだ。でも、まぁ、つまりアレだよね」

「ん?」

「二次嫁に恋しただけの話ってこと」


 まぁ、そうですね。

 年に数回起こる嫁が増える現象。新規アニメの放送日や、漫画の発売日、エロゲの発売日等に起こりやすい、萌え豚のイベントである。


 はぁ……やしまは可愛いなぁ。

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