#S3

 今日の睡眠時間が一時間半である事と、イベント会場内を歩き回った事の疲れもあり、さらに電車内の揺れがまるで揺りかごのように一定のリズムを刻むのも相まって、俺は強烈な睡魔に襲われていた。


 隣に座る寧々音は携帯を弄っており、家から一番近い駅まではまだ少しかかる。

 少しだけ寝ようかなと思っていると、寧々音が顔を上げて言った。


「楽しかった」

「そうか……それは良かった」


 感情がこもった声ではなかったが、実際寧々音の顔は満足そうなので、きっと本当に楽しかったのだろう。

 その言葉を聞けただけでも兄としては満足だ。


「次からはなるべく事前に言っておいて欲しいけどな」

「言ったぞ」

「え? まじ?」

「うむ」


 覚えてねー。最近色々あり過ぎて寧々音の言葉を聴き逃してしまっていたようだ。

 それは悪い事をしたな。


「ちゃんと今度お兄ちゃんとイベントに参加してきますって呟いたんだぞ?」

「それ、俺に呟いたんじゃないよね? ネットに呟いてるよね?」

「当たり前」


 めちゃくちゃ言ってくれるわこの娘。


「俺、寧々音のアカウントとか知らんし」

「え? 世の兄って妹の呟きを逐一監視しているもんじゃないのか?」


 そんな驚いた顔するなよ。するわけねぇだろ。ないよな? うん、ない。


「お前、全国のお兄ちゃんに謝れよ」

「仕方ないな……。ごめんね、お兄ちゃん?」


 久々に出たロリ声ボイス。これ聞いたら何でも許しちゃいそうで怖い。

 普段は結構淡々と話すだけにギャップも感じてしまうのだ。


「はぁ、まぁ、今度は頼むぞ」

「らじゃ。……また一緒に行ってくれんだな」

「……そりゃな。姫ちゃんは興味ないだろうし、寧々音一人で行かせるわけにもいくまいよ」

「寧々音が可愛いから?」

「そうそう」

「適当に言うな」


 ペチペチと膝を叩かれてしまった。

 しかし、実際寧々音が一人で遠出というのは心配だ。身内目に見てもやっぱり寧々音は可愛い方だ。まぁ、板だけど。それもステータスとして考えたらやっぱり男子は放っておかないだろう。

 学校じゃ姫ちゃんが目を光らせているから安心といえば安心だが。なら、その分他の所では俺が見といてやらないと……。


 見といて……?

 ふと、そこに違和感を感じた。


 もう、寧々音も高校生だ。寧々音は煩わしいなんて言っていたが、きっとその内彼氏だって作るんだろう。

 その時、俺はどうするんだろうか。


 存外、妹離れ出来ていないのは俺の方かもしれないな。


「なぁ、寧々音」

「なんだ?」

「俺とお前って仲いいよな?」

「まぁ、世間一般で言えば仲が良いと思わないでもない」


 だよな。別に普段からベタベタしているわけでも無いし、寧々音も特別お兄ちゃんっ子ってわけでも無い。

 ただ、何となく一緒にいても苦じゃないから、普通に一緒に出掛けたりするし、一緒に遊んだりもする。


「でもよ、ずっと一緒ってわけでもないだろうし、いつかは俺らも離れると思うんだよね」

「そりゃあね」


 ただの兄妹だ。義理の兄妹でもなければ、禁断の愛もない。


「寧々音と俺はいつまでこうしていられるんだろうか」


 チラリと寧々音を盗み見る。すると寧々音は体を俺から離して、


「……は? きめぇ」

「酷くない?」

「酷くない」

「やっぱりキモい?」

「うんキモい」


 その毒舌、姫ちゃん仕込み? 精神ライフがガリガリ削られていくんだけど。


「……まぁ、未来の事はわからんが。たとえば輝兄に彼女が出来ても、嫁が出来ても、寧々と輝兄は変わんない気がするぞ」

「そっか……まぁ、そうだわな。俺も……そう……思……」


 あぁ、もう限界だ。

 意識が……とぶ……。




「輝兄? ふむ、寝たか。……今日はありがとうだぞ。本当に楽しかった。本当に、本当にな。……最近、輝兄が寧々から離れていっている気がして、寂しいんだ。寂しいよお兄ちゃん…………うぅ、寧々もなんだか眠くなって……きた……ぞ」




 目を覚ました時、俺の肩を枕に寧々音が眠っていた。

 その顔はとても安心しているようで、小さい頃の寧々音なんかを思い出したりして思わず頬がニヤけてしまう。

 最寄り駅まで後数駅……もう少し、眠らせてやろう。

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