#S2
電車とゆりかもめを乗り継いでやってきたのは日本最大のコンベンション施設。
毎年夏と冬にはここでサブカルの一大イベントが行われる事で有名だが、それ以外にもたくさんのイベントが開催されている。
その度、この会場は多くの人達に埋め尽くされ凄い活気に包まれる。
そして、今日もまた人気アプリゲームのイベントが行われているらしい。
「輝兄、輝兄っ! 興奮してきた!」
「おう、分かるぞ。もうここ空気が違うんだよ。まさに今この場所は俺達の世界って感じなんだよなぁ」
ここにいる誰もが仲間だと思えて、テンションも高まってくる。
イベントのない日などは閑散としていて、それはそれで別の趣があるが、やはりこの場所はこうでなくてはならない。
まぁ、おしくらまんじゅうされると、さっさと家に帰りたくなるのだけど。
「さぁ、行こう輝兄」
俺の手を引っ張って急かす寧々音。こんな興奮した寧々音を見るのは久しぶりだ。もしかすると、こんなになのは初めてかもしれない。
今回のイベント、入場料は無料なようで、入場ゲートを通って会場内に入った。
それほどルールが多いイベントでもないらしく、大量にあるブースを自由に回っていけるタイプのようだ。
ちなみにこのイベント、寧々音のしているゲームのイベントというより、その会社が開催しているようで、俺でも知っているようなゲームのタイトルも目に入ってきた。
「で、お目当てはどっちだ?」
「えーと、えーと、あっち」
入り口で貰ったパンフを片手に、もう片方の手であっちと指を指す。
まぁ、どれが目当てなのか俺には分からないので寧々音の後をついて行くと、やがて一つのブースへと着いた。
そこにはやたらと丸いのに顔面がクマで、しかも怒った顔をしている変な着ぐるみがひょこひょこと歩いていて、それがゲームのキャラクターの一体であるようだ。
「何あのキモいの」
「はぁ? 輝兄の目は腐ってるのか? あれはべアングリー。マスコットだぞ」
あれがマスコットだと? あの丸いフォルム、やたらと蹴りたくなるのは俺の少年心をくすぐられるからか。
「ふむ。写メるか?」
記念に撮っておこうかと携帯を取り出して丸いクマに向けると……。
「あっ、輝兄、べアングリーにカメラは向けちゃ……」
「は? うわっ、なんか来た!?」
突如、丸いクマが短足を器用に動かして俺の方へと向かって全力疾走してきた。
慌てて避けようにも、咄嗟の事で避けそびれてしまい、俺にその丸い体をぶつけられた。
「おぶぅ」
何の素材か知らないけど、柔らかい着ぐるみなのに、ぶつかった勢いもあって俺は軽く飛ばされ尻餅をついてしまう。
周りの参加者達もクスクスと笑っていたりでめちゃくちゃ恥ずかしい。
マジなんなのこのクマ。
「べアングリーは撮影禁止なんだよ。写真を撮りたかったらちゃんとスタッフに言わないと」
「め、めんどくせぇ……」
「はい」
尻餅ついたままでいると、寧々音が手を差し伸べてきてくれて、それを取って立ち上がる。
その瞬間、ちょっと周りから攻撃的な視線を送られた気がするけど、皆さんこれ妹だから。彼女とかじゃないから。
「ぐはっ」
敵意ある視線に恐縮していると、何故かまた丸いクマに突進されてしまう。
「な、なぜ……」
――チッ
再び尻餅をついた俺を見下ろすクマに視線を向けると、俺以外には聞こえないような音で舌打ちをされた。
普通に怖いわ。
「寧々音。俺はこのクマ公と用事があるから先に回っといてくれ」
「うん? まぁ、いいが。それじゃあまた後でな」
そう言って寧々音はゲームキャラのフィギュアが飾られている方へとトテトテと歩いていった。
「さて、クマ公。俺はやられてばっかじゃない所を見せてやろう」
「…………」
喋るタイプの着ぐるみではないようで、無言だが、それでも明らかに戦闘態勢をとっている。
いつの間にか俺とクマ公を中心に輪が出来上がって煽ってくる参加者達。何故かスタッフも止めに入らないので、これはこういうイベントなのかもしれない。
「おらぁ、先手必勝!」
やられたらやり返す、倍返しとばかりに俺はクマへと突っ込む。しかし、クマ公まで数十センチという所で、奴は丸いボディで俺へとカウンターをしてきた。
勢いのついていた俺はそのボディアタックならぬボディでアタックをモロに食らってしまい、さっきより勢いよく吹っ飛ばされる。
「こんにゃろう。このクソクマめが」
そして俺とクマ公の戦いは途中で現れたレフェリーによる中断まで数分間戦い続けたのだった。
ちなみに勝敗的に言うと完全に俺の負けなのだけど、スタッフさんにクマ公の絵が描かれたクリアファイルを貰った。
破いてやろうかと思ったが、周りの人達が羨ましそうに見ていたので、多分レア物だろうと思い、寧々音にやる為に破かないでおいてやろう。
いつかこの決着は付けてやるさ。
クマ公と戦っていた場所から離れると、携帯で連絡をとって入口付近で待ち合わせをし、寧々音と合流。
その腕にはグッズ販売の場所があったのか、小さい紙袋が抱きしめられていた。
「なんか買ったのか?」
「うん。ところでどうして輝兄はそんなにボロボロなんだ?」
「色々……色々あったんだ」
というか色々な攻撃を喰らったんだ。なんであの丸いボディであんな技が出来るのか不思議でならん。中身、絶対格闘技経験者だろ。
「ふむ。とりあえず合流したし、もう一回りして帰ろう」
「いいのか?」
「目的は完了したからな。まぁ、折角来たのだから一周くらいしとこう」
別にもっといてもいいけど、寧々音が帰ると言うのなら満足したという事なんだろう。
「あぁ、その前にこれ。なんか貰ったからさ」
歩き出す前に、貰ったあのクマ公のクリアファイルを寧々音に手渡す。こんなもの貰っても喜ぶとは思えないけど、俺が持っているより、ゲームのファンである寧々音が持ってた方がグッズも冥利に尽きるというものだ。
「それべアングリーのクリアファイル!? めちゃくちゃレアな奴だぞ!? なんで輝兄が……」
「なんか貰ったから。そんな喜ぶとは思わなかったが」
「うぅ、やるな輝兄。お供に選んで正解だったぞ」
そう褒めるなよ。調子にのっちゃうだろ。
まぁ、ゴミにならなくてあのクマ公も喜んでいるだろう。……あいつの喜んだ姿なんて見たくねぇよ。
「ふむ、後で渡そうかと思ったが……なら、今渡そう」
「ん?」
寧々音がガサゴソと持っていた紙袋から何かを取り出した。
その手に持ったのはクマ公が引っ付いた携帯のイヤホンやヘッドホンの端子を差し込むイヤホンジャックに差すことができるイヤホンジャックアクセサリーだった。
「喜べ輝兄。寧々とお揃だぞ」
「くれるのか?」
「うむ。折角だからな」
「……ありがとな」
「こちらこそだぞ」
クマ公の顔面はやっぱり腹立つが、それでもこうして妹に渡されると、嬉しいものだ。
さっそくイヤホンジャックに差し込む。
携帯に引っ付くクマ公。まぁ、百歩譲れば可愛いと思わない事も無いか。
その後、俺と寧々音は並んで数あるブースを歩いて回り……帰る頃には兄妹揃って疲れていた。迷路みたいだし広いんだよ、ここ。
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