#32
七家さんの友達になって下さい発言は教室を凍り付かせた。
つい先程、クラスの男子トップに絡まれていた奴に、さらにまた女子トップの七家さんに絡まれたのだ。
それも好意的な関係を築く為に。
「ちょっ、七家さん!」
「輝夜君、格好良すぎ」
俺は慌てて誤魔化そうと口を開くが、何かをいう前に七家さんが話し始めた。
周りも俺と七家さんを信じられない物を見るような目で見てくる。俺も夢なのではないだろうかと疑っているぐらいだから仕方ないだろう。
「あんなに堂々と楽しい発言してくれちゃったら、私もそっちの楽しみが我慢出来なくなっちゃうよ。だから……責任とって欲しいなぁ?」
「責任って……」
「私もそっちで楽しみたい。だから、改めて、私と友達になって下さい」
そう言って握手を求める手を差し出してきた。
ならば俺は? 俺はこの手を取るべきなのだろうか。分かっている。この場面で手を取らないという選択肢はない。けれども、緊張なのせいか、体が、腕が、鉛のように重く思うように動いてくれないのだ。
そのくせ口だけはよく動くもので。
「あの、七家さんは……いいのか?」
それで、いいのか?
七家さんが求める青春は送れないかもしれないかもしれないんだぞと言外に伝える。
それでも、七家さんはニコリと笑ってくれた。なら、俺に拒否する理由なんて……。
俺が七家さんの握手に応じようと手を動かした。その時、扉が音を立てて開いた。
「なんだこの空気?」
……今この瞬間、一番ややこしいのがやって来た。
俺と七家さんが裏で何かをしていた事を知っていて、それでいて多分このクラスで一番空気が読めない子。
皆喜べ。うちの和華ちゃんがやってきましたよー。
「まぁ、いいや。それより輝夜ー。昼飯食べよう昼飯。時間ないから急いでな」
「いやいや和華。この状況で昼飯はないだろう」
「ん? なんか話してんのか? んじゃ飯食べながらでいいんじゃね。腹減りすぎて死にそうなんだよ」
お腹を擦りながら言う。四限が終わるやすぐに職員室に呼び出された和華は、まだ昼飯を食べていない。かく言う俺も和華を待とうと思って食べていなかった。
「私は構わないよ。ご飯は食べちゃったけど……」
七家さんはもうグループで食べていたらしいが、俺達に付き合うと言ってくれている。
しかし流石にそれは悪いんじゃないかと思うし、それにこんな針のむしろのような教室内で昼飯食いながら七家さんと話すなんてストレスで胃が飯を受け付けなさそうだ。
「そうか。んじゃ、あそこ行こうぜ。ここじゃアタシも美味しく食べられなさそうだかんな」
そう言って、鞄からバームクーヘンを取り出した和華は廊下へと出ていく。
また丸いの食べんのか。
俺と七家さんは少しの間、お互いを見つめあって、すぐに和華を追いかけた。
俺達が出た教室からはざわめきが凄かったが、正直他人を気にしている余裕はない。
そして、向かった先は、毎度お世話になります踊り場だ。
「んで、何があったんだ?」
バームクーヘンの袋を破きながら俺に視線を向ける和華にどこから説明しようかと首を捻り、林田に絡まれたところから説明する事にした。
「……あのチャラいのぶっ殺す」
「やめろって。目が据わって怖いぞ」
ほっといたら本当に殴りにでもいきそうな雰囲気だったので一応注意しておく。
「んで、しち……なな? なんだっけアンタは輝夜の友達になりたいと?」
「うーん。逆に覚えやすいと思うんだけど……。茉莉でいいよ。うん。そうだね。私は輝夜君とちゃんと友達になりたい」
真剣に友達になりたいなんて言葉を言ってくれた。なんだか気恥しくて照れてくる。
後は俺が素直に承諾すればいいんだ。周りはちょっとうるさいだろうけど、それは俺の問題というより七家さんの問題であって、本人はそれでもいいと言ってくれている。
「えっと、じゃあ改めて……よろ」
「ダメ」
は?
俺の動きは止まり、七家さんも驚きの顔で和華を見た。
ダメと言ったのは和華だ。しかし、何に対してのダメなのかが見当つかない。
そして和華は俺を守るように七家さんとの間に入り、七家さんを睨みつけた。
「何それ。意味不明。輝夜が苦しんでたのに助けもせず、しかもそれってアンタの友達だよね? 一番どうにか出来た人間が何にもしないとか……アタシは認めない」
言われてみればと思ってしまう。
ただ、ああいう場での発言というのはとても難しいもので、別にそれに対して七家さんを責める気にはなれない。
寧ろ、関わらない七家さんが賢明だとさえ思う。だって、俺だって多分そうだから。
しかし、言われた七家さんはショックだったようで、辛そうな顔をしていた。俺は気にしていない。そこをちゃんと説明しないと。
「和華。あれは仕方ないんだよ。ノリって言うかさ……。逆にあの空気で何か言ったらもっと話がややこしくなるかもしれなかったんだ」
「そうかもしれないな。でも、そんなのアタシには関係ないね。別に輝夜が誰と友達になろうが……気にしな……やっぱり気になるけど! そうじゃなくて! こいつはダメ」
気になるんかい。この間は我慢するって言ってなかったか?
しかし、七家さんだってあの空気の中、きっと勇気を振り絞って俺の元に友達になりたいと言いに来てくれたんだ。
確かに絡まれている時は助けてはくれなかったが、それも仕方がない事。
どうにかして七家さんのフォローをしないと和華に七家さんを誤解させたままになる。それは何となく嫌だ。
そう思ってもう一度和華に説明しようとすると、七家さんが突然頭を下げた。
「輝夜君。ごめんなさい」
「ちょっ、やめてくれ。七家さんは何も悪くないだろ」
「ううん。山井さんの言う通りだよ。安全な場所から見ていたくせに、終わってから友達になりたいなんて酷いよね」
「だからそれは……」
どうなってんのこれ!? 友達になるかならないかの話だったのに、どうして七家さんが悪い悪くないの話になってんだよ。
あんなのは起きる時は起きるし、別に七家さんはアレを楽しんでいてたわけじゃない。
「輝夜君は私の立場を理解してくれているから優しくしてくれるけど、それじゃあ卑怯すぎる。だから受け入れてください」
「あー、うー、なんなんだよこれ」
ガリガリと頭を掻く。たかが友達になるくらいの話だろ? なんでこうなる。
いや、そうか。これが障害なのか。
俺と七家さんの間には障害がある。それはクラスでの立ち位置だったり、つるんでいる友達だったり、本当なら相入れる事はないはずだったんだ。
そう、今回の事だって本来なら七家さんは向こう側で、そのノリに合わせてやっていたに違いない。
それが本当の形だったのに、彼女は俺と友達になる為に動いた。そして動いた結果が本当ならば謝る必要のない俺への謝罪。
これも一つの壁なんだ。それを七家さんはちゃんと向き合って壊そうとしてくれている。
ならば俺もちゃんと向き合おう。
「和華、ごめん退いて」
「……おう」
俺の顔を見た和華は何故だか笑顔になって横に避けてくれた。
「分かった。受け入れる。七家さんの謝罪を受け入れるよ。だから、俺と友達になってくれ」
今度は俺が手を差し出した。まるで、告白する時のような緊張を感じながら、友達になってくれと頼む。
全く普通じゃないけど、こうじゃないと俺と七家さんの友人関係は始められない。
「うん! うんっ! 輝夜君っ!」
俺の手を両手で握ったと思ったら、すぐさま抱き締められた。
甘い匂いが鼻腔をくすぐり、色々と柔らかいものが俺の体に密着する。
「ずっと、どんどん距離が離れて行くのが嫌だったの。でも私と輝夜君は学校じゃ話せなくて、でももう家に呼ぶ切っ掛けもなくて……」
「俺も……似たような事思ってたよ。毎日、何かが足りないって……」
「良かった。一緒で。これからは学校でも話そうね」
「おう。ちょっとマニアックな話も出来るな」
ずっと感じていたモヤモヤも完全に晴れた。
ひどく遠回りだった気はするけど、悪くない気分だ。
声優ななまりとの協力関係は終わった。
だけど、その代わりにクラスメイト七家茉莉との友達関係は始まったのだ。
「いつまで! 抱き合ってんだっ!」
あぁ、柔らかいのが引き剥がされた。
って、和華の頬がめちゃくちゃ膨らんでる!? まるで餌を大量に詰め込んだハムスターみたいだ。
「我慢するとは言ったけど我慢にも限界はあるんだぜ輝夜!」
「ええと、ごめん」
「むぅぅ、反省しろよー?」
一体何を反省すれば良いのでしょう。
でもそれを聞いたら怒られそうだからやめておく。
「山井さん」
「なんだよ?」
プリプリ怒っている和華に七家さんが話しかける。対して和華はぷいっと顔を背けながらも話は聞くつもりらしい。
「山井さんも私と友達になって下さい」
「友……逹?」
「うん、ダメかな? 私も和華って呼びたいな?」
「なる! なろう。アタシも茉莉って呼ぶ。わー、輝夜輝夜! また友達増えた!」
変わり身早過ぎだろオイ。さっきまで敵意むき出しだったじゃん。
ほんと、このポンコツヤンキー、チョロすぎません?
最近、和華への心配が保護者レベルです。
「うんうん、良かったな」
まぁ、でも良かった。
これはこれでハッピーエンドではないだろうか?
これから何だか楽しくなりそうな予感がする。いや、楽しくするんだ。
こっち側に来てくれた七家さんにちゃんと青春を謳歌してもらって後悔させない為にもな。
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