#31
七家さんの問題に解決策を見出した後、一度だけ順調に練習出来ている事と、事務所の先輩にも上手くなったと褒められたという連絡を貰った。
だが、それきり俺達の距離は……確実に離れた。
いや、元に戻ったと言うべきだろう。
七家さんはリア充グループで青春を謳歌し、俺は和華や陸斗、たまに姫ちゃんと寧々音も交えて馬鹿なことをして楽しくやっている。
初めは心にしこりのような物があったが、それも次第に薄れて、4月の終りには七家さんを無意識に見る事も無くなったと思う。
その日、朝見た誕生月占いの運勢は最悪で、一日大人しく過ごしておけみたいな事を言われた。
ラッキーアイテムはいつかと同じキーホルダーで、俺は何かに期待するかのように、あの時と同じ朱里のキーホルダーをバックに入れて学校へ向かった。
そんなうまい話があるわけない。
もう関わるべきでない。
彼女の歩む道に俺は必要ない。
なのに、女々しい俺は心のどこかでまだ七家さんとの関係を、あの秘密の関係をもう一度と思っているらしかった。
だから罰が当たったんだと思う。
「逢坂ってさー、オタクなんだろ? そういや自己紹介の時にゲームが趣味って言ってたよなぁ。アレとかしちゃうわけ? ほら、エロゲ?」
昼休み。陸斗は学校を休み、和華は職員室に用事があって俺一人が教室に残っていた。
そこで俺は嵐に見舞われる事になったのだ。
胸くそ悪い、ノリっていう嵐に。
発端はグループのリーダー林田がアニメの話を始めたところからだろう。
話は次第にクラスのオタクそうな奴に変わり、そして俺へと白羽の矢は立った。
林田はヘラヘラしながら俺の元へ来るや。
「逢坂ってオタク?」
などと聞いてきた。
その質問に他意はなかったのだろう事はわかる。
話の中でオタクの話になり、逢坂はオタクっぽいとなり、そしてそれを聞きにきただけ。
しかし、それは彼らにとって他意はなくとも、この教室という空間ではレッテル貼りという儀式へと変貌する。
そしてさらにここから続く、地獄。
「まぁ、アニメとかは好きだけど」
「だよなだよな。んじゃ、オタクとしてはオススメ何?」
「あー、なんだろう」
こういう時はお茶を濁すか、一般人でも知っていそうな有名作でも連ねるのが基本的な受け答えだ。
調子に乗ってコアなアニメを言うと、場合によっては面倒な事になる。
当たり障りのない受け答えをしてこの嵐を乗り切るしか道はないのだ。
敢えて、オープンオタとしての立場を確立させる手もあるが、俺として目立ちたいわけじゃないので、前者を選ぶ。
ここで向こうが興味を失えば終わる。しかし、今日に限ってそうはならなかった。
そして話はこうなる……。
「えー、なんかあるだろー? 逢坂ってさー、オタクなんだろ? そういや自己紹介の時にゲームが趣味って言ってたよなぁ。アレとかしちゃうわけ? ほら、エロゲ?」
俺の中で一番触れてほしくない話題だ。
自分が大好きで愛してやまない作品達。土足で踏みにじられたくない。
でも、頭では分かってるんだ。ここでは何より嵐が通り過ぎるのを待つのが一番得策である事を。
つまり、彼らにとって俺がつまらない人間であると認識させることが最善なのだと。
でも、それは同時に俺の好きな物を自分で否定しているみたいで、拳を握る力が一層強くなる。
「俺は……別に……」
それでも俺は保身の為に無難な答えを選んだ。これ以上触れて欲しくなかったから。
今だけだから。今さえ乗り切れば陸斗にでも愚痴を言おう。それで、夜になってゲームをすればきっと忘れられる。
これで……いいはずだ。
なのに、見てしまった。見えてしまった。
林田グループの面々がニヤニヤとこちらを伺う中、視界の端で悲しそうに、それでいて悔しそうな顔をした七家さんの姿を。
『自分の好きな物を好きって言えるって格好いいよね』
あー、そうだな。格好いいよ。普通はな。
でも、エロゲが好きって格好悪いに決まってるだろ。
つーか、格好悪いとかそんなレベルじゃねぇ。下手すりゃこの一年どころか三年になっても馬鹿にされるネタを作ってしまう。
それでも……あぁ、クソ。否定したくない。俺の大好きな物を。たとえどれだけ馬鹿にされたとしても。
オタクとしての誇りとか、そんなんじゃない。ただ、好きな物を好きと言いたいだけの簡単な話なんだ。
でも、そんな簡単もこの世界じゃ難しい。
なら、やっぱり俺は……?
「エロゲしてるよ」
……言った。言ってしまった。不思議と後悔はない。
「なんだ、つま……えっ? マジか! 超ウケんだけど」
初め驚いた顔は、すぐにニヤケ面へと変わっていく。
「ウケねーよ。お前エロゲ舐めんなよ? クソ陳腐なドラマなんかよりよっぽど作り込まれた世界だってあんだよ」
「ちょっ、熱く語んなって。普通にきめぇって。つか、通り越して尊敬、みたいな? キモすぎて超越? みたいな?」
さらに口の滑りがよくなる林田。多分、いい遊びのネタが出来たとでも思っているのだろう。
声色にも少しの威圧感が混じってきた。ってか、みたいな、みたいな、うるさい。頭沸いてんのかコイツ。
「そうそう、ずっと聞きたかったんだけど何でお前なんかと山井さん一緒にいんの? すげー気になってたんだわ。やっぱパシリとか?」
はい、出ました。話が突然変わるヤツ〜。
AからBでなく、AからDとかEに脈絡なく飛んでいくの。何なの? お前らの頭は掲示板かなんか? クリックしたら別のスレに飛んじゃうの?
「そんな事より野球しようぜ」
「は?」
「そんな事より野球しようぜ」
「いや、意味不……」
「そんな事より野球しようぜ」
「おま、喧嘩売ってんの?」
ちげーよ。話変えたい時はこうするのが約束だろうが。それとも磯野ってつけようか?
「ぶふっ」
「えっ、いきなり茉莉どうしたの?」
「な、なんでも……な、い」
「でもいきなり口抑えて……」
どうやら離れた場所の七家さんにはクリティカルしていたようだ。
しかし決定的だろう。俺とこいつらとではやっぱり住む世界が違う。だからこうして俺の『その話はいいから別の話をしようぜ』という意味を理解出来ず、ただ煽っているだけに聞こえているんだよ。
実際、煽ってるんだけどね。
だが、七家さんはそれが分かった。分かったからこそのさっきの反応だろう。
「別に喧嘩なんて売ってないよ。君らで言うとこのオタクっぽい事をしただけ。まぁ、言う通りキモいのかもな。でもさ……こんな生き方も結構楽しいぜ?」
「はぁ?」
「分からなくていい。俺もあんたらのノリは分からないから。ただ、俺をあんたらの楽しいに巻き込まないで欲しい。頼むよ」
ただ、それだけ。
こいつらの楽しいは俺にとっての楽しいではない。そして俺にとっての楽しいはこいつらの楽しいではない。
なら、お互い不干渉でいるのが、一番平和なんだ。
「意味わかんねぇ。まぁ、いいや。そもそもオタクかどうか聞きに来ただけだし」
意外とあっさり引いてくれた。林田は頭を掻きながら仲間の元へと帰っていく。
まさに冷めたのだろう。俺はレッテルを貼られたのだ。面白くないという評価を。
これで一件落着。向こうももう俺に絡んできたりしないだろう。
何というか、恥ずかしいけど俺も好きな物を好きと言えて清々しい気分だ。
最っ高に格好悪いけどな。
チラリと見ると林田はもう笑顔でグループに戻っていた。
「ガン萎えだわぁ。もっと面白い話できると思ったのによー」
「そりゃアレだわ。秀の会話スキルが足んねーんだわ」
「それ酷くね?」
楽しそうで何よりです。そのまま内輪で楽しんでいてくれているのが外野にとって何よりの安寧だわ。
しかし、その内輪から離れる人影が……。
それはこちらに向かって小走りでやって来て。
「逢坂君。ううん、輝夜君。私と、友達になって下さい」
そう言ってきた。
あれ? 一件落着……じゃないの?
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