#29

「ねーちゃん、ごはんー」


 そんな声が玄関が開く音と共に聞こえてくるのは何も今日だけのことではない。

 特に峰ヶ浦高校の給料日前はほぼ絶対と言っていい程この声が我が家にやってくる。


 もうそろそろ二十代も後半へと差し掛かろうという大人の女性がヘロヘロになって姉と義兄、そして甥と姪がいる一家へと転がり込んで来るのだ。


「お姉ちゃんはごはんじゃありませんー」


 そしてプクーと頬を膨らませながらもキッチンに立つのがうちの母親である。だからその可愛らしい反応は歳考えて?


「もー、雫ちゃん来るならちゃんと連絡してって言ってるでしょー」

「えー、めんどいー」


 これが俺の担任で叔母、足立雫、独身である。行き遅れと言うにはまだ若いが、このままいけばきっと行き遅れるだろう。何故ならこの歳になっても未だ彼氏どころか男友達さえいない。

 かつて高校時代にいたらしいが、それもいきなりキスしようとしてきたから蹴り倒して逃げたという伝説を作って終わっただけというのだからなんとも救い難いとしか言いようがあるまいて。


「寧々音ー。学校はどう? ちゃんと勉強ついていけてるー? あんたの担任の原田先生が逢坂さんはちょっと掴み所がない子ねーってボヤいてたわよ」

「あっそう。雫ちゃん。煙草臭い、しっしっ」

「嘘っ、ちゃんと家入る前に消臭したわよ!? ねーちゃんうるさいし」


 ソファで携帯を弄っていた寧々音に絡みに行くも煙草臭いと言われ、焦って自分の服を嗅ぎ出した。

 ヘビースモーカーというわけではないけど、月に一箱程度は吸うらしく、うちの母親と寧々音は煙草嫌いなのでこのやりとりも、まぁ、いつもの事だ。


 そして、寧々音に相手にされなかったので、次の標的として対面のソファに座っていた俺の膝の上に飛び込んできた。

 何故飛び込んだアンタ。


「輝夜。ゲームしましょうゲーム」

「別にいいけど雫姉ちゃん弱いじゃん」


 家での俺の足立先生の呼び方は雫姉ちゃん。

 本来なら雫叔母さんとでも呼べばいいのだろうが、これには深い理由がある。


 かつて、俺が母さんの事を寧々音や親父と同じくママンと呼んでいた時代。俺は母親がママンならば、叔母さんはなのでは? という安直な考えで、幼いながらに初めて本気の殺意という物に触れたのだった。

 それからというもの、この人の事は雫姉ちゃんと呼んでいるし、向こうもそれで満足している。


「今日こそ目に物見せてやるわ。ほら、大乱するわよ大乱」


 うちは大体のゲーム機は俺の部屋にあるが、家族で遊べる機体だけリビングに置く習慣がある。


「寧々音もやるわよね?」

「ふっ、よかろうならば戦争だ」


 なんだかんだで付き合う寧々音。まぁ、学校じゃ隠しているけど、昔からの付き合いでもあり、本当に姉のような存在である雫姉ちゃんとは仲がいいのだ。実際血縁だしね。


 そして始まった某有名キャラ達による大乱闘は先に死んだ雫姉ちゃんを置いて俺と寧々音のタイマンとなるいつもの光景。

 戦績的に寧々音に負け越しているのでそろそろ勝ち星が欲しいと思った俺は本気で勝ちに行く。

 そして俺優勢になりつつあったその時、観戦していた雫姉ちゃんの一言で俺は場外にぶっ飛ばされる事になった。


「輝夜と七家茉莉ってどんな関係? 付き合ってるの?」

「ぶふぉ!?」

「あ、飛ばされた」


 特大の爆弾を投げつけといて、ゲーム画面の実況する雫姉ちゃんに詰め寄る。


「ななななんで!?」

「ん? いや、アンタらたまに授業中にお互いの事見てたでしょ。私、前に立ってるから分かるし」


 つい先日、和華に言われた事を雫姉ちゃんにも見られていたという事か。

 どんだけ軽率なんだよ俺ら。


「普段つるんでるの見ても何の接点かも分からないし。めんどいから本人に聞こうかと思ってね」

「接点ってクラスメイトだし……」

「でもグループ違うでしょうが。あの林田グループの七家と凸凹コンビ+αみたいなあんた達じゃ話す機会もないでしょうに」


 凸凹コンビって俺と和華の事か? なら、αってのはもしかしなくても陸斗の事かしら。

 ってか、あのリア充、林田という名前だったのか。そういやそんな名前だったわ。


「まぁ、ちょっとある事の手伝いをしているというか……」

「手伝い? あ、そうそう。山井和華にしても輝夜達と合うような感じじゃないのにね。あ、そっちが付き合ってて、七家とは体だけか」

「何言ってんの!? アンタそれでも教師か!」

「これでも教師よえへん」


 誰かこいつから教員免許剥奪しろ。


「和華は輝兄が拾ってきた」

「ほう。なにそれなんてエロゲ?」

「事実」

「マジで?」

「マジで。雨の中部族のような姿をした和華を拾ってきて風呂に入れて、妹の服を着せて……着せて……お兄ちゃぁぁぁぁぁん」

「寧々音、傷は浅いぞ!」


 いや、結構深手かもしれん。というか、バラしといて自爆するってなんてお馬鹿妹なんだろうか。

 でも、可哀想だから甘やかしとく。


「いや、その状況も分からんし、今のあんた達の状況も分からん」

「寧々音は深いトラウマを負ったんだよ」

「ふむ。なるほど分からん」


 そうでしょうね。俺も聞く側の立場だったら分からんだろうよ。


「まぁ、何でもいいけど、不純異性交遊は程々にな?」

「しねぇよ」


 和華は友達だし。それに七家さんは……恐らくもう……。


「もう、七家さんの手伝いは終わったと思うから、そのうち距離も離れるよ」

「ふぅん? なんの手伝いか知らないけど、クラスメイトなんだからその後も仲良くすればいいのに」

「無理無理。俺と七家さんじゃ、陰と陽って感じだからさ」

「そう。なんか輝夜らしいけど、輝夜らしくないわね」


 は? どゆこと?

 意味がわからずに首を傾げるも、晩ご飯ができるまでもう一服してくると雫姉ちゃんは出ていった。消臭スプレー片手に。


 そして残された俺はと言うと、寧々音に肩を掴まれて。


「七家茉莉って誰? kwskくわしく


 何故か妹からの尋問タイムが始まるのだった。

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